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2026年8月3日月曜日

反労働系

 この暑い中、バイトに行って・・・「ここでヘタっちゃいかんよ?」とか思う訳です。私よりも長い時間働いてて、しんどい仕事をしてる人なんか山ほどおるし、ですが・・・やっぱり学校が(何らかの理由で)休みになったり、仕事から早く帰られれば、「ラッキー」と思う人は、同じ数ほどいるはずです。

私も以前は食品工場の夜勤で、大晦日にはおせち料理を作るために(一応、休憩時間込みでしたが)13時間工場内で働いてた事があります。短期バイトでも、真冬の冷凍庫からローラーで、クリスマスケーキの入った箱をトラックへ運んでいました。そして、昼の1時から夜の1時まで、サッカースタジアムの観客が出す弁当や飲み物のゴミをひたすら処理していた事もあります。

で、その経験を照らし合わせた上なんですが、どうも左派系の一部における経済的な言説では、資本主義自体を否定し、その流れで労働自体も否定するという、トラバントが走っていた過去の国よりも極端なものが流通しているように見えます。 

自分も最近Xで、「労働にNOを突きつけたい」みたいなポストを見たばかりなので、敢えて書きますが、たとえどんな形でも、人は(ある程度の)社会参画から逃れられないと思います。これは松本 次郎先生の『女子攻兵』とか、最近では森川 成美氏の児童書『アントネストの羊』とかでも触れられている事なんですが、この社会で労働に絶縁状を突きつけてたとしても、結局は自分が嫌う概念に支えられて生きているというダブルスタンダードがモロ見えになっているわけです。ああいう何気ないような言葉をXでポストするのだって、電子機器メーカーの工員や発電所の作業員、そこまでいえるような余裕があるような、生活環境を提供しているだろう建設会社など、見えにくいだけで「労働」という概念が日常生活に密接に関わっている訳です。来ている服だって、あるいは食事だって、誰かの労働があるおかげで成り立っていると思うのです。「労働にNOを突きつけたい」といいながら、自分がやりたくない事で維持されている環境に依存するというのは、結構ズルくもないか・・・と・・・。

そこで自分の信念を貫徹させるには、同じように労働にNOが突きつけられた環境に住む他はありませんが、多分それはきれいな飲料水も出ない、エアコンもまともに動かない、電気だって供給されない、まさしく『漂流教室』とタメを張れるような地獄でしょう。ああ、そうそう。現実にあわせてロボットが労働を肩代わりしてくれるというのもナシです。

こういう話が、(かなり昔の話ですが)「働いたら負けかなと思っている」という極端なケースから出るのではなく、それよりも地位と意識が高そうな所からという所が、あの手の議論の根深い病巣かもしれん・・・とうっすら思っています・・・。 

2026年8月2日日曜日

ヘイト本の記憶

(8月2日:少し内容を加筆修正しました)

―「それはね、”劣等”というの。世の中には、あまり価値のない、劣っている人間がいる、と思っている人がいるのよ」

                エリザベート・ツェラー『アントン:-命の重さ―』より

 ちょっと前に、(特に)中韓をあからさまに罵るような本が相次いで出版され、ヘイト本として問題視された事がありました。『世界で嫌われる中国』とか『反日韓国のトンデモ実態』とかみたいな・・・。

私も、『NOヘイト!:出版の製造者責任を考える』という本を読んだ事があるんですが、こうした記事を読んでいると、あの問題が公園の散歩に見えてしまうような感覚にとらわれてしまいます。正直・・・。まぁ、ころから社の姿勢はある程度は好きですしね・・・。

リンク先の記事にもあるように、Xで細々とガラの悪い漫画を描いてバズっていた作者を、出版社が声をかけ、編集者が(動画内で)嬉々として弱者に対する嗜虐的な言葉を天然で並べ立て、挙句の果てには悲惨なシーンをネタにするようなアクスタをプレゼントするような企画を立ち上げるような現状、更に相模原事件の発生日にアニメ化の告知をするような認識の甘さを見ると、何か昔の方がはるかに、差別を悪として断じやすかったんじゃないか・・・そう思うんですよ・・・。例えヘイト本が著名人から推薦される事があったとしても、大体一部の大学にいるアレな教授やアレな作家だったりするので、支持層も併せて社会通念上容認させてはいけない事だっていう空気が曲がりなりにもあったと思うんですよ。でも、今はカタギ向けの論客(そして児童文学作家までもが!!)が知的障害者を素人目線で性欲モンスターとして戯画化してるような作品を、「(自分が勝手に想像している障害者のタブーについて)よくぞ描いてくれた」と、堂々と推薦しているような有様を見ると・・・。

何かXでの指摘通り、もう事態がここまで発展すると、亜月 ねね先生(断じて亜月先生がこれまでやってきた表現や言動を擁護する意味ではありませんが)自体の問題だけじゃなく、公式が彼女を教祖としてやりたい放題している事が原因になっている気がします。 

何かこれ、あれだけ問題を起こしておいて自浄作用とか見込めるんでしょうか?と、正直思います。上にも書いた通り、もう亜月 ねね先生だけの問題で済む自体なってない以上、彼女に声をかけ、原稿料と印税を払う立場になった自己責任として「どういう覚悟で……人の子供殺してるの?」という話にはならんでほしいです・・・マジで・・・。 

亜月先生をプロとして担ぎ上げ、その表現を商業ビジネス化して現実のセンシティブな問題に対して無頓着な事を繰り返し、アニメ化まで約束しておきながら、今更亜月先生個人の責任として裏切る事は許されんだろ・・・そういう思いがあります。 

 

 


2026年8月1日土曜日

ダルバートを食べました

 最近、ネパール料理の店が近くにいつの間にかできとったんで、ちょっと行ってみました。で、ダルバートという料理を食べたんですね。そこで支払いの際、店主さんが「オヤジがインド料理屋をやってるんで」とDMを渡してくれました。しかも俺よりちょっと年下・・・すごいよね・・・。

まぁ・・・これは安田 菜津紀氏の児童向けノンフィクション『故郷の味は海をこえて』 を読んどった時に、ダルバートが出てきたのを思い出して・・・という感じでした。何か最初は(こういうのも結構不適切な例えですが、許して下さい)飯テロみたいに食欲をそそられていくんですが、その裏に書かれた現実を見ていく内に、徐々に苦味が広がっていく・・・そういう感じでした・・・。

で、ネパール料理の店に話を戻しますが、何かモモとアルジーラを頼んだんですよ。モモ・・・それは果物じゃなく、ネパール風の餃子です・・・。なんかイギリスのロンドンなんかカナダの(オンタリオ州にある)ロンドンなんか・・・みたいな話を連想しました・・・。 

最近の動向

 何か絵本ランキングがどーたらみたいな話を、ここで書きましたし、最近でも『ぽんたとなっちゃん』という絵本を買ったんですが、まぁ・・・これは部門の問題だとはわかるんですが、もう講談社の最近の動向を見てて、もうあそこの本はしばらく買いたくないな・・・と正直思いました。こういうの、新潮社に続いて2度目ですよ・・・。部門の問題と書いたけど、同社の青い鳥文庫の公式サイトだってこういう事をしてるしなぁ・・・。

何か、編集者さんの動画も炎上してましたけど、はっきりいえば、こういう傾向には斎藤十一イズム以上のものを感じているというか・・・。

なんか、講談社の児童書も、青い鳥文庫も買ってた身として、その出版社の本を買いたくないなんて悲しい判断をさせるような事を、これ以上しないでくれよ・・・と正直思います・・・。 

 

2026年7月31日金曜日

マジかとは思う

 今、地震のニュースをネットで見ていて、マジかとは思いますね・・・。

マジなんだよな・・・。なお、僅かですが募金はしました・・・。なんか胸が痛むな・・・。 

2026年7月30日木曜日

大変な事になってますね・・・

 まぁ・・・熊本が大変な事になってますけど・・・。イオンモールか・・・。なんで10年というタイミングで起きるんだろう・・・あんな事が・・・。

こういうニュースを見る度に、何か山本 弘氏の『神は沈黙せず』というSF小説を思い出すというか・・・。 こういうの(東日本大震災の時でも、『天を恨まず』という中学生の答辞が注目を浴びたように)って、試練とか愛とかいって、何とか意味を見つけたい気持ちにかられますが、神は天地創造をする程の天才が故に、コミュニケーションがお互いに不可能な異質な存在・・・と割り切った方が、ラクな場合もありますよね・・・。

それは俗流のニヒリズムではなく、『神は沈黙せず』のラストで、主人公が出した決断である、「正しく生きる」事自体を報酬として生きる・・・みたいなものだったりするんですが・・・。 

2026年7月29日水曜日

ちょっと保留にしますね

 まぁ・・・昨日あんな地震があったんで・・・それさえ無ければ、馳 星周氏の『少年と犬』の長ったらしい感想を今日投稿しようか・・・と思ったんですが、やめときます・・・一旦保留にするんで・・・。内容が内容故に・・・。だからちょっと日にちが経ってから、適当なタイミングで出そうかと・・・。なんか飛行機が乱気流に巻き込まれた時も、ちょうどああいう感じだから嫌なんじゃ・・・。

また10年前、前おった家(佐伯区内でした)がかなり揺れて、翌日熊本の惨状を目にして絶句した記憶が蘇ったじゃないか・・・。

今日はこのくらいにしときますね・・・。