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2026年7月19日日曜日

◎「METAL WORKS-金属とメカニカルの共演-」にお邪魔いたしました

 飯村 武志氏の個展「「METAL WORKS-金属とメカニカルの共演-」(会場:アエル ベース様)にお邪魔いたしました。元から乗り物系のイラストや絵が好きだった身としては、すごく興味があったので、バイトの合間を縫って、東京まで行きました。

下に、その様子をアップいたします。


 

 

このように、小ぢんまりとした会場の中に、車のエンジンやシェルビー・コブラ、ランボルギーニ・カウンタック、そして、ダッジ・ヴァイパーなどが描かれた絵画作品が並んでおり、下に置かれたミニカーが、かなりいいアクセントを出していました。殆どの車は暖色系を背景とした鮮やかなレッドで、メタリックな質感が命の車のリアリティを、実物以上に捉えているような迫力がありました。それは、車だけではなく、あの手の車が有する大排気量のエンジンが、エンジンフードを透過されて、今にもシリンダが上下し、爆音すら聞こえてきそうなタッチで描かれているからだと思いました。
余談ですが、マキタスポーツ氏の著書『一億総ツッコミ時代』(私は講談社文庫版も星海社新書版も持っています)の5章において、「真っ赤なスポーツカーは、ベタだけど「強い」」というサブタイトルがあり、その強力性と美学に圧倒されていたというか・・・。
やはり、好きでそれを描く作家さんがおられ、自分はまだまだかなわん・・・と痛感しましたが、ほぼ同時にスタッフの方を始め、アエル ベース様へお越しになられた作者の飯村氏とお話をする機会があり、かなり貴重な経験をさせて頂きました。やはり同じ乗り物に関係している身だと、知らない事が知れてかなり新鮮で・・・!

そして、絵葉書も販売しておられたので、ジービーレーサーとかポルシェ911(初代)の絵がプリントされた絵葉書を買わせて頂きました。

この度は、本当に貴重な経験をさせて頂き、会場で出会った皆様に、心から感謝を申し上げたい気持ちです。

 

2026年7月18日土曜日

『放課後チェンジ!』を読みました。

 まだまだ、シリーズの第1巻ですが、藤並 みなと氏の児童書『放課後チェンジ:世界を救う?最強チーム結成!』を読みました。

何か中学1年生の4人組が、ひょんなことから謎めいた指輪をはめると、何と、猫や犬、鷹に変身できることになりました。当然、飛行できたり素早い動きができたりと、それぞれの能力を使えるんですが、指輪がどうしてか外れなくなり、その為には・・・というのがおおまかなストーリー内容です。まぁ・・・ポール・ギャリコ氏の『ジェニィ』とか矢玉 四郎氏の『おばけうんどうかい』とかみたいに、人外(への変身)と人間への回帰という、肉体の二重化とそのジレンマを巧みに(そしてエンターテイメント性たっぷりに)描いた作品は数多くありますが、本作もその一つに数えられるでしょう。最近の例でいえば、ケヴィン・スペイシー氏が主演した映画『メン・イン・キャット』もそうでしょうか・・・?

そこに、悪霊とのバトルアクションやいじめなどのソリッドでシリアスな要素を持ち込んでいる事で、猫や犬が出てくる話にありがちな、ただモフモフ癒し系となっていない所がいいと思いました。特に、まなみがいじめの加害者にブチ切れる所は、溜飲が下がる思いで・・・。

で、この文章で私が書いた事ですが、宮下 恵茉氏の『トモダチブルー』という児童書があります。で、何か子供同士の対立やいじめみたいなものを、(「みんなでヒリヒリしましょう!」みたいに)大人の立場から面白がって傍観(あまつさえ燃料投下)するようなコメントを、宮下氏のXでチラチラ見ている身としては、こうした悪や病理を被害者の立場で良識に則った処理をする、『放課後チェンジ』のような妥協なき姿勢は本当に大事だなーと感じています・・・。

まぁ・・・動物を癒しの甘さありきではなく、そこに社会問題やシリアスさを絡めてくる所は、タニヤ・シュティーブナー氏の『動物と話せる少女 リリアーネ』シリーズを思い出したりしたんですが・・・。 

2026年7月17日金曜日

撮影が困難な電車

 日本で一番撮影が困難な電車というと、やはり京都市営地下鉄東西線が真っ先に挙がります。

乗り入れている京阪線の電車は当然地上に出るので違いますが、問題は京都市営地下鉄の50系電車です。 全線が地下でアストラムラインのようなフルスクリーンタイプのホームドア完備、なので結構撮影が難儀というか・・・。車両基地も地下だしなぁ・・・。

で、私が小学生時代に持っていた図鑑では、地上で撮影された50系電車の写真があり、かなりレアなシチュエーションだなと思います。

そして、京津線の電車にもかなり感じる事はあります。 地下鉄乗り入れに急勾配対応、更に併用軌道まで走らなくてはいけないので無茶苦茶製造費が高くついたと・・・。正直に書くと、京津線は地下鉄乗り入れ路線としては、かなりバラエティに富んでいると思います。だから結構乗っていて面白いというか・・・。

2026年7月16日木曜日

ケロカス

『しょせん他人事ですから』という漫画で、野球選手への誹謗中傷をテーマにしたエピソードがありました。今まで、本作の加害者は更生したり、救いがあったりしましたが、あのエピソードだけはネットの誹謗中傷者のリアルをかなり描けてたかと・・・当然、本人はわかっていないというだけで、罰は用意されていました・・・。

そこから、「ケロカス」というネットスラングについて話していきたいと思います。

「ケロカス」は、カープのファンを中傷する際に使われるものですが、その語源はかなり悍ましいので自分で検索して調べてください。まぁ・・・正直8月6日って、広島から遠くなるにつれて、知らん人の割合ってどんどん多くなる気がするんですよね・・・8月9日と同様に・・・。東日本大震災だったら、発生日時はいつかは誰でも瞬時にいえるというのに・・・。

この辺りで私もかなり罰当たりな事を書いちゃいますが、もし原爆投下に東京が選定されていれば、見方は違ってきたんじゃないかと思います。多分、誰でもその日を覚えてるかと・・・。だからこそ、3月11日や9月1日も、東京事として社会問題へと波及したので、日本国民全体の心理的外傷みたいに残り続けてるんじゃないでしょうか? 

話がずれましたね。で、ケロカスに話を戻しますが、誰でも酷い目に遭って見なきゃ相手の心理はわからん足りなさってあると思います。ですが、正直祖父も入市被爆している身(実際に被爆者手帳を持っていた)で、ケロカスとSNSに打ちこんだ人間にそうなれとは思いません。「ああ、そうなんね」で冷たく終わらせたいです。安里 アサト氏の『エイティシックス』でも、被差別者の一人であるライデンが報復について色々いってましたよね?何か、相手に同じ事やったら相手と同じになる・・・みたいな・・・。

ですが、私は気高く生きる事が報復だというような立場じゃ到底なく、その影響を制度的にどう最小限に留めるか?ケロカスみたいな言葉の使用、あるいは誹謗中傷に対してスティグマや恥の感覚を、小さい時から教えていくしかない・・・という地味で味気ない答えに縋るしかないんです・・・。 

まぁ・・・やっぱり色々考えとって、例えば中国大陸からの引き揚げやシベリア抑留の過酷さばかりが語られがちですが、自分全体が住んでた場所で中国人に何をやったかをあまり考えられん(&反省)のと同じで、同じ目にあってもわからん人はいっぱいいます。
だから報復や怒りという「投資」は確実性が乱れる(『コブラ』という漫画でも、「確実性の無い投資は嫌い」というようなセリフがありましたよね?)もので、パチンコや競艇みたいなもんかなと・・・そういう人を相手にした場合は・・・。

加えるなら、俺もプライベートじゃ(親とか知人とかと喧嘩になった時)センシティブな事に対して酷い事いってるし、必ずしも相手を責められんのだよなぁ・・・(泣) 

2026年7月15日水曜日

毒親のインフレ

 まぁ・・・10年位前ですかね・・・田房 永子先生の『母がしんどい』という漫画や、信田 さよ子氏の『母が重くてたまらない:墓守娘の嘆き』みたいな本がかなり売れとった・・・と思うんですよ・・・こうした親が子にいつまでも過干渉を続けて押しつぶされる事を、虐待として認知させた土壌は、そう、スーザン・フォワード氏の『毒になる親』という本じゃないでしょうかと・・・。それが縮められ、「毒親」という形で心理的虐待や機能不全家族(における加害者)を指すスラングになったのは、知っての通りだと思います。

そして今日ですが、「毒親」とか「毒母」とかいった言葉で、特に母から娘への攻撃的なアプローチを告発するコミックエッセイや手記は星の数ほど出版されていますが、あの語源を知っている人が、どれほどいるのか・・・という感じです。個人的には、何か一般的な(親子間の)対立や意見の相違まで「毒親」と一括りにされてないか・・・?と思いますし、虐待行為ではない問題ですら「毒親」認定されて、結局誰かが割を食ってるし、正しい問題解決になってないんじゃないか・・・?という懸念がうっすらあるんですよ・・・。

で、フォワード氏の『毒になる親』でも、親への糾弾ありきではなく、そこからどうリスタートを切っていくかがちゃんと指南されていたと思います。それと、被害者だからといって何もかも受容して慰撫するのではなく、大人として他者に取るべき責任をちゃんと書いていましたし。 
ですが、後発の毒親系メディアというのは、こうした「不都合な部分」がばっさりカットされ、(自分を支配欲の捌け口にした)酷い親や異常者への溜飲を下げさせるだけのものが、結構多かったです。結局は傷の舐めあいにしかなってないというか・・・。それと、「母VS娘」みたいな、換金化しやすいわかりやすさを追うあまり、「毒親」問題にもジェンダーの壁が半ば正当化されてるかと・・・。

そこから、「教育虐待」が武蔵大学の教授である武田 信子氏の発表である事もわからないのと同じで、「毒親」は「教育虐待」とセットで第3者が当事者の切実な問題を見世物小屋感覚(でも、読者からは「勉強になった」とか「真実を描いている」と持てはやされるような)で描いているような露悪系マンガも結構見ます。オバサン達の井戸端会議感覚でね・・・。
また、明らかに専門知識がない人間や、無責任な専門家等がネット上で「毒親チェックリスト」みたいないい加減なコンテンツを乱造する事態も、その歪曲と混乱に拍車をかけてるんじゃないでしょうか・・・?

私自身、心理だろうが肉体だろうが、虐待行為は絶対に許してはいけないと思いますし、被虐待者が声を上げるのは当然の事だし、社会が目を背けるのは許されないでしょう。ですが、 今の状況を見るにあたり、「毒親」とか「教育虐待」みたいな言葉から距離を置いた方が、あるいは別の文脈で語った方が、より真面目に子供達の受難やセーフティーネットについて語れるのではないか・・・そう感じています・・・。

やっぱりああいうの、福祉について真面目に考えず、興味本位のコンテンツとして持て囃されてるだけじゃんと醒めた目で見てる自分がいるもので・・・。 

2026年7月14日火曜日

ドパガキはどっちか

 最近、「ドパガキ」なる言葉をネット上で目にしますが、何か・・・こっちだってもうすぐアラフォーでも、平成生まれとして足りん部分は色々あるなという事は承知ですが、何かそれ以上と見られる年齢層が「ガキ」という言葉を使う意味を考えちゃいます・・・。

それに、この記事が「ドパガキ」問題の真実を一番説明していると思いますし・・・。問題はもう「最近の若者は・・・」という嘆きで済むものではなく、ネットと癒着した中高年層のガラの悪さが、露呈している事じゃないかと・・・まぁ、私も腹が立ったらプライベートで時々酷い言葉使っちゃうし、「Z世代」の方が遥かにマシかと・・・。

これはもう、正直に書いてしまうし、語弊もある事は自覚の上ですが「ドパガキ」的な文脈でいえば、高齢化したねらー層とかオタク層(とそのコンテンツ)じゃないかと思うんですよ・・・。リンク先の記事が指摘している通り、炎上をベースとした政治系の動画、自己啓発、恐怖を煽る広告など・・・そこら辺から、ネットにおける中高年層の社会派的な発言が、結構酷いなと感じる事が、かなりあります。(ここからは個人的な意見になりますが)つけ加えるなら、センシティブな分野で悪意や害意を投げつけ、表現の自由と開き直っているのは若年層じゃないと思うんですが・・・。

雑に書きましたが、やっぱり世代間対立って(まとめるのが)難しいねと・・・。 

2026年7月13日月曜日

『ハッピースイーパーアワー!』を公開しました

 かなり遅くなりましたが、BOOTHで自作小説『ハッピースイーパーアワー!』を公開・販売しています。よければどうぞ手に取ってみてください。よろしくお願いいたします。

挿絵や表紙絵、口絵なども自分で描きました。まぁ・・・何ていうのか、ストーリーは架空の国を舞台に展開する風刺系SFで、何かコロナに対して「働き方改革がなされたのはよかった」とか「個人の在り方を考える、またとない機会」とかいった(現実を直視しない)歪んだ美化をちょくちょく見てるんで、なんか楔を打っとかな・・・という感じで書いてます。

BOOTHの商品紹介のあらすじでもそういう事書いてるんで・・・紙版は、また展覧会があった時に・・・という感じです・・・保管料の話もあるから、ドケチですんませんなぁ(汗)