現在、GW真っ只中ですが・・・どうも実感が沸かんな・・・。
とりあえず、コンビニに行きましょう・・・。
画家、藤高昇太の公開日記(ブログ)です。主に出展のお知らせや、近況などを書いていきたいと思います。なお、整理のために一部の記事が削除される事がありますので、ご了承ください。 ◎本ブログの文章の一部引用および画像の無断転載を許可いたしますが、以下の注意を守ったうえで、自己責任でお使いください。1.営利目的・非営利目的(何らかの収入を伴わない)に関わらず、出典の明記は大体わかる形でもかまいません。そちらのご都合に任せます。 2.政治的・社会的な信条にかかわらず、いかなる表現も許可いたしますが、最低限のTPOとモラルを守ったうえでご使用お願いいたします。なお、タイトルに◎がついた作品は、版権ネタですので無断転載をご遠慮ください。
新堂 冬樹氏の小説『少年は死になさい…美しく』を読みました。児童書やYAの感想もこの公開日記で書いてるのに、何か書いちゃいけんとは思いますが、敢えて・・・という感じです(汗)
何か、潔癖気味の男性恭介は、ある日妊娠中の妻と娘がいつまでたっても帰ってこなくなる事に気づき、一枚のDVDが郵送されてきた所から話が始まるんですよね。悪い予感を抱きながらDVDを再生してみた恭介ですが、何と、娘と妻は不良少年達に拉致され、想像を絶する方法で殺される様子が撮影されていました。要するに、スナッフフィルムという奴です。ここまで来れば、もう不良少年どころかモンスター以上の存在といわなきゃいけないです・・・。
そこで、恭介は自分の妻子を殺した不良少年達を見つけ出し、殺害する事を思いつきます。当然、これまでのフィクションが辿った道のように、倍返しでの復讐か・・・と思いきや、恭介の目的は別の所にあり・・・という展開になっていくのですが、冒頭の惨殺シーンをオードブルにした嗜虐性フルスイングのストーリーは、多分非行少年やDQNといわれている人達が裸足で逃げ出すレベルだと思います。もう・・・恭介の目的を見るにあたり「ちょっと新堂さん大丈夫かな・・・?」と考えてしまい・・・。
世の中(そしてフィクション)にはそういう考えの人がいると思います。だからもう、ここまで書かれたら善悪のボーダーが霞んでくるね・・・それは、同氏の『溝鼠』や『カリスマ』などにもいえる事なんですが・・・。
最近、noteでとある有名な児童文学作家が、百合と児童書を結びつけるような記事を投稿していました。「百合と異界は児童小説の伝統」・・・みたいな話でした。
ここからは、(はっきりと書きますが)私が百合が好きで百合小説を書こうとして失敗・挫折したという劣等感とルサンチマンも、含有されている上で話を進めていきます。
だからこそ敢えて書きますが、 百合好きがいるのは否定はしませんし、百合を規制しろとかそういう話じゃないです。ですが、「百合厨」とか「ゴキ百合」という言葉があるように、一部の(私を含めた)マニアが子供向けの媒体にも突撃し、大きい大人として分別をわきまえん行動をしている部分もあると思います。あの作家さんだけではなく、某読書日記の強引な同性愛ネタのこじつけみたいなものを見るにあたり・・・。
だからこそ、なんか作家側が迎合するんじゃなくて、オタクにはきちんと毅然とした対応を取ってほしかったというか・・・。ていうか、世の中って百合やBLが好きな人達だけじゃなく、苦手な人だっているでしょう?こういう事を書けば、「藤高はLGBTQを差別している!」という藁人形論法にシフトさせられる可能性もありますが、逆にただ女の子同士がふざけあっていたり単に友人同士だったりする場合に、ワンクッションも置かずに同性愛萌えみたいなものを押し付ける方が迷惑で失礼だったりしませんか?
第一、百合とかBLって、(所詮は)本人のセンシティブで切実な領域を安全圏から嗜好にしているどうしようもない部分だってあり、そこら辺の自省も必要なんじゃ・・・とか思ったりしています。自分だって井村 瑛先生の『イノセントノイズ』とか柏原 麻実先生の『少女惑星』とかいった、百合系の漫画を過去に何冊か読んでたからわかるんですが、そこら辺で自浄作用とかTPOみたいなものを適用させないと、児童書が百合オタに殺されることにならんか・・・そういう懸念があります・・・。
まずは、何でも百合に当てはめるんじゃなくて、それが本当に百合の作品かどうか・・・それを語っていい空気なんか・・・ちゃんと見極める礼儀正しさが欲しいなと感じました・・・。
来る6月3日(火)から6月7日(日)まで、私は「なにものてん 2」(開催・会場
:アートコンプレックスセンター様)に拙作を出展させていただきます。出展内容はキャンバス画と絵葉書、自作小説(A5サイズのZINE形式)を予定しております。もしお時間がございましたら、ぜひともお立ち寄り頂きたいと思います。
なお、私は6月4日(木)から6月7日(日)より会場に常駐いたしますので、どうかよろしくお願いいたします。
詳細はこちらをご覧ください。
最近、Xで個性派書店に関してのポストを見ました。まぁ・・・あそこら辺に関しては、文化的特権を拗らせ、排他的な選民思想に酔ってるようなギャラリーの経営者さんみたいな人達にもいえるんじゃないでしょうかね・・・。そこを考えれば、Blueskyも安全じゃないよなと・・・。あの自己陶酔という指摘に関しても、新設の図書館にネチネチ難癖をつける読書マニアに共通するものはあるかと・・・。
自称本好きの選民意識が鼻につくとポストでは書かれていましたが、カフェやギャラリーの併設だけではなく、XやBlueskyでやってる事は自営業者(或いはフリーランサー)と平等なのに、巷より特別な仕事やってますアピールをするような個人書店経営者を、ちらほら見かけるというか・・・。そういうのは嫌いなわけじゃないですが、だからブックオフや大手チェーンが選ばれるんじゃ・・・?とも・・・。万歩書店好きだったから敢えて書くけど・・・。
で、これも敢えて書きますが、少し前に問題になっていたヘイト本問題でも感じていた事です。最も、そういう事を許していた業界に肩入れする気はありませんし、そういう類の本は殆ど買ってはいませんが(それで規制が強化されたとなれば、手垢のついた「オタク差別論」を持ち出し、表現規制とかポリコレ棒とか騒ぐ層は存在しますが、自分は散々いって相手はいうななんて、そっちの方が不公平じゃ?)、なんか反対する方にも感じているものはありました。言語化は難しいですが、「本好き=反権力・反差別」みたいな一括りで高尚ぶってて、排他的な被害者意識みたいなものを感じてるというか・・・。
色々難しい問題だと思いますが、やっぱりねというモヤモヤが私の中に燻っています・・・。