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2026年8月29日土曜日

『ロボット、被災地へ行く』を読みました

 中松 まるは氏の児童書『ロボット、被災地へ行く』を読みました。

この作品は、舞台としてかなり重要な事を論じていると思います。

大体、被災地と聞くと(情けない事に、私も一瞬そう思っていました)東日本大震災を舞台にした話を連想してしまいますが、本作が題材としているのは2024年に発生した能登半島地震です。 東日本大震災は関東大震災と同じようにその犠牲者数や被害規模、重大な原発事故の発生などから、「普通の災害」と比べると現在でも多くのプロンプトが投げかけられており、原発事故や津波の被災者というプロンプトに答えを振り絞る事が社会のニーズと完璧にマッチするので、結果としてそっちが優先されるケースがかなりあるでしょう。それは日本国民全体の問題として波及したのだから、当たり前といえば当たり前の話なんです。

だから、結果として3月11日を(9月1日と同等に)災害の典型として向き合う事が、災害系の創作では定着している感がありますが、そうじゃない事は都合よく社会の無意識や創作の中で漂白、あるいは何でも東日本大震災の被害に吸収・統合されてしまう部分はあるんじゃないかと思います。2016年に発生した熊本地震から10年経った時、そのタイミングで「私はあの地震から10年経って、ようやく答えをだそうと思いました」みたいな事を悩みながら表明し、創作として吐き出したい位ショックを受けたクリエイターがどれほどいたんでしょうか?何かそのあたりにおける文化的な意味付けにも、正直居心地の悪さを感じる自分がいて・・・。

という事で、いささか前置きが長くなりましたが、『ロボット、被災地へ行く」ではこの手のわかりやすさをある程度拒絶しながら、災害における問題点や善意の葛藤を描いている所がいいと思いました。

小学5年生の少年、悠真は父親からプレゼントとして貰った、ペット見守りロボットの使い道を考えていました。

そんな中、能登半島地震が発生。児童書故にそこまで鬼気迫る書き方ではないですが、怒号のようなアナウンサーの声や、焼け野原となった市街地の描写には、かなり生々しさがありました。逆をいえば、あの元日における混乱や被害の状況を、中松氏がきちんと押さえていたからだと思います。 

 話を戻しますが、そこで悠真はロボットを能登半島地震の被災地で何とか役に立てようと思い、ロボットを石川に送る事を思いつきます。ですが、みんなが好意で迎えてくれるわけではなく、悠真はロボットごときに何ができるかという被災者の厳しい目に晒される事になります。へこたれそうになる悠真ですが、改めて努力するうちに、ロボットが持つ可能性を再認識するようになり・・・という感じです。

本作は能登半島地震そのものだけではなく、そこから被災者が抱えるジレンマ(「頑張っている被災者」という過剰な英雄視の裏にある、複雑な感情)や、今では全く報道されなくなっても、コロナ感染はある程度現在進行形である状況などが書かれていますが、最初にも書いた通り、テーマに対して読者と作家の合意形成が得やすい東日本大震災ではなく、能登半島地震をベースにして語っている所が、一番重要な所だと思います。更に、ただ能登半島地震ではなく、悠真が直面した現実を東日本大震災が孕む問題(間違った支援や野次馬)に話を繋げている所が、災害系の児童書として、非常に抜かりが無いと感じました。 

だからこそ、語弊を恐れずに書けば、東日本大震災はその規模と内容故に、日本社会全体の命題による伝承と問題提起として選定されるケースが多いです、それだけ重要だからこそ、東日本大震災を物語の典型例として終始させるのではなく、他の問題にもしっかり目を向けているのが、『ロボット、被災地へ行く』の魅力だと思うんですよね・・・。

2026年8月28日金曜日

今描いています

 いま、2作同時に描いています。といっても・・・1作目の方はラクに住むんですけど、2作目の方は・・・という感じです・・・。キャンバスのサイズが大きいし、メカ系なもので・・・。

年内はできないかもしれませんが、来月の2月くらいに、個展をやってみたいな・・・とか思ったりします・・・まだまだ決定段階に至ったわけじゃないですが・・・。 

2026年8月27日木曜日

『幼稚園WARS』を読みました

 最近、千葉 侑生先生の『幼稚園WARS』という漫画を読みました。

やっぱり…一言でいうと「面白い!!」です。内容が・・・。

何かハリウッドセレブやコングロマリット経営者の御曹司が通う、ブラック幼稚園という 幼稚園があるんですね。で、そこには園児の立場上、彼らの命を狙う殺し屋や誘拐しようとする不届き者が度々寄り付き、多くの教員達が命を落としていました。なので、政府は毒を以て毒を制すを地で行くやり方として、殺し屋や服役囚等に戦闘訓練を科した上で、一年間教員として勤め、園児達を守り抜けば無罪放免にするシステムを作り上げました。

凄腕の殺し屋だったリタもその一人で、日々子供を狙う敵から死闘を繰り広げる中、同僚と恋や園児達の交流を重ねていく・・・そんな話です。

私が『幼稚園WARS』が心底いい漫画だと感じたのは、殺伐とした殺し合いの中で、それがただ不快にならないよう、大袈裟すぎる世界設定やラブコメ要素を入れて、読者を安心させる技量が本当に大きい事です。更に、エンタメとしてのアクション性にも抜かりが無く、敵もあの手この手の方法を駆使して、リタたちがどう園児達を守り抜くのかというエンタメ性を見事に彩ってくれています。

で、この辺りの荒唐無稽さが、現実におけるセンシティブな部分との関係性を見事に断っており、「ハラハラドキドキの絵空事」としてしっかり機能している事が、一番すごいと思ったんです。

実際、戦争や事件では、初等教育機関(及び中等教育機関)やそこに通う子供が標的にされる事があり、もし一歩間違えれば、『幼稚園WARS』はその極めてセンシティブな分野を刺激していたかもしれません。ですが、大仰なアクションやセリフ回し、ギャグ要素や非現実的な舞台設定を多用する事で、「子供が狙われ、殺される」という社会の琴線から徹底的に作品の性質が隔離されているのも、この作品が持っている利点の一部ではないか・・・そう感じています。

そこを間違えれば、いたずらに当事者を傷つけ、誤った認識を読者に植え付けてしまい、結果としてこういう事(つまり、全く関係ない所で弱者のセカンドレイプを助長して知らんぷり)になるわけであって・・・。 

2026年8月26日水曜日

「Zombie worker #1」を描きました

「Zombie worker #1」を描きました。何か、北川 幸比古氏の児童書『こどもサラリーマン1号」っぽいタイトルかな・・・?というのはともかく、上に拙作の画像をアップしたので、どうかご覧ください・・・。

最近、何か「社会人」とか、「社会人経験が無い」っていう言葉をX上で何度か聞いたんですが、替えが効いて低賃金、キツい単純作業ってやっぱああなの・・・?みたいな感じが正直せんでもなかったんですよ・・・。そういう人達で社会はまわってるし、だからこそ、私だって短時間のバイトでヌクヌクやれてるのはわかりますが、何か「社会人」という言葉って、引っかかるものがあるというか・・・。

確かにスーツを着て会社に務めんと不利な事って一定数あるのは事実ですが、(オフィスに務める)サラリーマンとOLだけが労働の典型みたいな考えって、例え正規雇用である他の職種だったり、非正規雇用を知らず知らずの内に疎外してるんじゃないか・・・そういう考えがあります。

実際には働いていて、その姿をいろんな場所で見るのに、「社会人」という区分けみたいなものをされているのって、生きていても死んでるとみなされてるゾンビみたいだよな・・・という思いがあり、拙作を描いたというか・・・。

いやぁ・・・ゾンビという言葉を一番最後に使ったせいか、回りくどくなっちゃいましたね・・・拙作の説明が・・・。ちなみに、ゾンビは社会福祉士です・・・。 

2026年8月25日火曜日

新作ができました

 やっと・・・キャンバスの作品ができたんですよね・・・昨日位に・・・。

できれば次の投稿で出したいです・・・ちょっと遅れるかもしれんけど・・・。

ゾンビの作品です・・・。 

2026年8月24日月曜日

ラヴ上等の話

 最近、法務省がリアリティ番組「ラヴ上等!」というリアリティ番組とコラボしたポスターを制作、ですが、「人に火をつけた事がある」という番組内の発言に目をつけられて炎上し、たった16日間で法務省はコラボを取り下げたという話ですが、私は思わず、かつて存在した奈良少年刑務所の受刑者が涵養プログラムの一環として詩を書き、作家の寮 美千子氏が編集した『空が青いから白を選んだのです』という詩集でした。

実際、私はネトフリ(何か露悪寄りという批判を多く聞くのも相まって)に登録しておらず、正直「ラヴ上等!」についてもnoteの言及で知った程度です。よって、番組自体を観てもないのにお気持ちでこの分野を語るのもどうかと思いますが、『空が青いから白を選んだのです』でも、薬物使用や虐待、貧困などの凄まじい経験が(詩ゆえに)簡潔で抒情的な文章の中に根付いています。

寮氏も、受刑者によってはレイプや殺人を犯した人間がいる事を、はっきり解説で書いています。正直、私も二次創作という著作権違反をやっている身で、自分の事を棚に上げながら(汗)「もういい加減そういうのを苦労のリソースとして語るなよ・・・」という苛立ちを持っていたのは確かです。実際、報われないという立場で見ると、きちんと社会に馴致され、罪も犯さず真面目に生きているアマチュア詩人の方が尊いだろ・・・そんな思いも頭を何度かよぎりました。

 ですが、やっぱり法務省のコラボと決定的に違うのは、彼らの告解に「エンタメ性」を入れていなかったという事だと思います。受刑者たちが詩の中で、いくら自らの生い立ちを言葉にしても、『空が青いから白を選んだのです』では彼らのバックグラウンドについて重みだけが残るように設計されており、安易な赦しも武勇伝として機能する余地も、作品は全く与えていません。

そして、「ケーキが切れない非行少年」とか「教育困難校」 といった、スラムツーリズム的な目線で弱者をカネにする興味本位も、『空が青いから白を選んだのです』はちゃんと拒絶しています。

 この記事が指摘している通り、「更生とは「映えない努力」の積み重ねじゃないのか。」という言葉通りだと思います。

その辺りにおける真面目な姿勢を、『空が青いから白を選んだのです』ではキッチリ貫徹していると感じたんですよね・・・。そういう所から出てくる刺激で釣るといった要素も全くないし・・・。

まぁ・・・、自分だって、レイプされた人や被害者遺族の気持ちはどうなんだよ?という疑問はあったけど、それがメインテーマじゃないわけだし・・・。 

まぁ・・・何か法務省もコラボする相手を間違えてしまったようだし、コラボするにしても、もう少しシリアスで地味なスタンスのメディアを選ぶべきだったのでは・・・と思います・・・。

 

2026年8月23日日曜日

今日はコインランドリーに行きます

 今日は・・・時間があれば、コインランドリーに行きたいです・・・。

漫画の新刊も買いたいし・・・。