何か・・・ある事に挑戦したいと思ってるんですよね・・・ロボットもので「アレ」を描けるかどうか・・・。
で、今日はスパゲッティを食べました。戸森 しるこ氏の児童書『ミリとふしぎなクスクスさん』を思い出しました。やっぱり、イラストを担当された木村 いこ氏の絵はいい・・・。
画家、藤高昇太の公開日記(ブログ)です。主に出展のお知らせや、近況などを書いていきたいと思います。なお、整理のために一部の記事が削除される事がありますので、ご了承ください。 ◎本ブログの文章の一部引用および画像の無断転載を許可いたしますが、以下の注意を守ったうえで、自己責任でお使いください。1.営利目的・非営利目的(何らかの収入を伴わない)に関わらず、出典の明記は大体わかる形でもかまいません。そちらのご都合に任せます。 2.政治的・社会的な信条にかかわらず、いかなる表現も許可いたしますが、最低限のTPOとモラルを守ったうえでご使用お願いいたします。なお、タイトルに◎がついた作品は、版権ネタですので無断転載をご遠慮ください。
飛行機の方が、新幹線より2倍くらいのスピードを出しているはずなのに、かなり遅めに感じるのは不思議だなと・・・。それと、高度2万メートルはコンコルドしか飛べないものだと思っていましたが、「普通」の旅客機でもできるんですね・・・・・・。機長さんのアナウンスで初めてわかりました・・・・。
それと、広島空港の定食屋さんが無くなっていたのは、ちょっとショックでした。よく食べてたのにな・・・・・・。
何か、予算が足りるかどうか・・・という懸念がありますが、大丈夫でしょう(笑)
ちゃんと何とかします。明日はまた早朝に起きないとヤバいから、これ位にしときますね・・・。
そういえば、こきち先生の『えんじぇるめいと』ですが・・・やっぱり、何かもうちょっと・・・とは思います・・・。何か母親(だけ)が病んでるというのも、ジェンダー的なステレオタイプを感じるしなぁ・・・。
こきち先生の『えんじぇるめいと』の5巻、つまり最終巻を読みましたが・・・やっぱり、んとの自殺以外では・・・というかすかな希望もありましたが、どうも何か、子供が死ぬというセンシティブな題材を、上手く消化しきれていない・・・という感じが拭えない感じでした。河原 和音先生が帯で「名作」と推薦されていましたが、のわやんとの世界の対極にある、現世のリアリティがうまく描き切れていないというか・・・。
『えんじぇるめいと』の、にあにのわが拉致された後の最終局面を読んで、善意ありきだと誰かに利用され、付け込まれるという世の中の世知辛さを描いた上で、類型的な逆張りに逃げるのではなく、だからこそ善人は報われるべきだという、こきち先生の考え自体は理解できます。プライベートでも祖母の死に関してそういう事、色々考えてましたし。 だからこそ、今どきの作品がやっているような露悪に堕す事なく、純粋な善人がきちんと報われるという描き方は、結構良かったと思います。でも、やっぱり・・・という考えがあるのも事実でした。
最近、(これはちょっと申し訳ないなと思いますし、震災に対してのああいう描き方も好きじゃないですが)今日 マチ子先生の『るすばん猫きなこ』をウェブ上で読んだので、やっぱりこきち先生は、デリケートな話をセンセーショナリズムありきで済ませているのではないか ・・・?そういう思いがあり、ページ横の空白に書かれたコラムみたいなものを読んで、私の思いは確信に変わりました。
何か、 虐待とか処刑とか殺人とか、軽々しくいい過ぎやしません・・・?そこからなんか連想ゲームを勧めるのって、流石に痛みがないというか・・・。子供が対象なら尚更だよ・・・。
『るすばん猫きなこ』に限った話ではないですが、ただ対象を生々しくなぞり、リアリティを容赦なく共有させる事が逆に作者のお説教としてしか機能していない部分もあり、必ずしもいい事ではないと思います。ですが、そういう姿勢がなければ当事者を粗末に扱うような表現になってしまい、結果として『えんじぇるめいと』はのわの遺族やカウンセラーの描き方も、リサーチをせずに思いつきで処理してしまっている・・・という感が拭えませんでした。
すみません・・・ なんか前作の『るるてる』が面白かっただけに、何かかなり『えんじぇるめいと』には思う事が色々あったので・・・。
そういえば、ちょっと前にやまもと ふみ氏の児童書『桜井くんはお医者さん!!:天才ドクターは小学生!?』を読みました。
内容的にはかなり面白かったです。医大をもう卒業し、医療免許まで持っている(!!)小学生の桜井 奏多が医療絡みの問題を色々解決していく話で、主人公の少女三咲 花音との絡みも微笑ましいものがありましたし。
で、作中で奏多は同じ父親である医者から、そのままでは医者をやらせないといわれ、ノルマを課されていました。これはやまもと氏があとがきでも指摘されていた事ですが、まだ子供の段階で、18年分くらいの学業を一瞬で駆け抜けた彼には足りないものが多くあります。だからこそ、父親は奏多に「足りないもの」を補完するためのノルマを課していたのです。
ここで、フィクションに現実を持ち込んではいけないとは思いますが、プライベートな話に照らし合わせ、もし医者として職業的な信用と責任を負っている小学生がいたとしても、私が診察や医療を受けたいか・・・?という話をしたいです。
すみません、答えは「NO」です。
現実問題、いくら学業を積み、医療免許みたいな職業的信用を得ていたとしても、実際に医療活動というのは肉体的なキャパやそれに伴う年齢的成熟も必要になってきます。内科にしろ外科にしろ、学力というソフトウェアだけでなく、体力というハードウェア適正もなければ、人の命を預かる事は成立しません。実際、注射にしろ手術にしろ、(奏多みたいな)小学生が長時間ぶっ通しでその問題と向き合いながら仕事ができるのか?思わぬアクシデントに対しての対応能力はあるのか?休日返上で体調が急変した患者の為に働けるのか?そこら辺を考えれば、私は知識にプラスしてハードウェア関係の経験則にも長ける、成熟した大人に身を預けたいと考えていて・・・。
命を預かる意味で・・・という事を考えれば、医者だけではなく、電車やバスの運転者や飛行機のパイロットにもいえる事なんですが・・・。正直、いくら免許を取得したといわれても 、小学生が機長の飛行機には乗りたくないです・・・。
すみません、本作をディスるような話になってしまって・・・とは思いますが、ちょっとその辺りで考えさせられてしまったので・・・プライベートな事で・・・。