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2026年5月9日土曜日

受け取る側の問題か?

 よく、表現の自由(戦士)的な主張で「作品自体に罪は無い」とか「受け手の問題」とかいった擁護論を目にします。そういう話は個人的に、(ここはかなり不謹慎な例えになりますが)手下に飛行機をハイジャックさせて高層ビルに衝突&崩壊させておきながら、「そんな場所にビルを作らなければよかった」とか「ちゃんとビルを耐久力があるように設計しなかった建築会社が悪い」とか「自分はただいっただけなのに、ハイジャックのプランを鵜呑みにした方にも問題がある」とか言い訳をダラダラしているテロリストみたいに感じる事があります。

何かそういいたい位に、表現の自由の柄が悪くなっとるな・・・と思う事が多々あって・・・。自分だって規制緩和の恩恵を無責任に受けてるから、人の事はいえんが、創作について規制緩和をやった結果、責任やTPO自体を規制そのものとして過剰反応&正当化する風潮があるかと・・・。

そういえば、もうすぐ完成です。後は撮影です・・・。 

2026年5月8日金曜日

明日から・・・ですよ・・・

 明日から・・・アレが始まります・・・。

急ピッチで作っていた作品が・・・あとちょっとで完成するかもしれん・・・。

そうしたら撮影とキンコーズじゃ・・・その前にフォトショで加工ね・・・。 

2026年5月7日木曜日

ちと急がなければいけないかもしれない

 制作を、ちと急がなければならないかもしれません。

もう1か月切ってる状態なんで・・・。いろいろ注意したいです・・・。 

2026年5月6日水曜日

AI頼り

 今日定食屋に行った時、二人の女性がAIで料理の事を調べてるので、「それくらい自分で体感しろよ・・・!」と苛立ちました。すみませんね、短気になっちゃって・・・。

そういえば、こないだ結構考えさせられる光景を見ました。自分の中にある悪と戦わなければならない・・・そんな厳しいシチュエーションでした・・・。 

2026年5月5日火曜日

GW真っ只中ですが・・・

 現在、GW真っ只中ですが・・・どうも実感が沸かんな・・・。

とりあえず、コンビニに行きましょう・・・。 

2026年5月4日月曜日

『少年は死になさい…美しく』を読みました

 新堂 冬樹氏の小説『少年は死になさい…美しく』を読みました。児童書やYAの感想もこの公開日記で書いてるのに、何か書いちゃいけんとは思いますが、敢えて・・・という感じです(汗)

何か、潔癖気味の男性恭介は、ある日妊娠中の妻と娘がいつまでたっても帰ってこなくなる事に気づき、一枚のDVDが郵送されてきた所から話が始まるんですよね。悪い予感を抱きながらDVDを再生してみた恭介ですが、何と、娘と妻は不良少年達に拉致され、想像を絶する方法で殺される様子が撮影されていました。要するに、スナッフフィルムという奴です。ここまで来れば、もう不良少年どころかモンスター以上の存在といわなきゃいけないです・・・。

そこで、恭介は自分の妻子を殺した不良少年達を見つけ出し、殺害する事を思いつきます。当然、これまでのフィクションが辿った道のように、倍返しでの復讐か・・・と思いきや、恭介の目的は別の所にあり・・・という展開になっていくのですが、冒頭の惨殺シーンをオードブルにした嗜虐性フルスイングのストーリーは、多分非行少年やDQNといわれている人達が裸足で逃げ出すレベルだと思います。もう・・・恭介の目的を見るにあたり「ちょっと新堂さん大丈夫かな・・・?」と考えてしまい・・・。

 世の中(そしてフィクション)にはそういう考えの人がいると思います。だからもう、ここまで書かれたら善悪のボーダーが霞んでくるね・・・それは、同氏の『溝鼠』や『カリスマ』などにもいえる事なんですが・・・。

2026年5月3日日曜日

百合と大きい大人

 最近、noteでとある有名な児童文学作家が、百合と児童書を結びつけるような記事を投稿していました。「百合と異界は児童小説の伝統」・・・みたいな話でした。

ここからは、(はっきりと書きますが)私が百合が好きで百合小説を書こうとして失敗・挫折したという劣等感とルサンチマンも、含有されている上で話を進めていきます。

だからこそ敢えて書きますが、 百合好きがいるのは否定はしませんし、百合を規制しろとかそういう話じゃないです。ですが、「百合厨」とか「ゴキ百合」という言葉があるように、一部の(私を含めた)マニアが子供向けの媒体にも突撃し、大きい大人として分別をわきまえん行動をしている部分もあると思います。あの作家さんだけではなく、某読書日記の強引な同性愛ネタのこじつけみたいなものを見るにあたり・・・。

だからこそ、なんか作家側が迎合するんじゃなくて、オタクにはきちんと毅然とした対応を取ってほしかったというか・・・。ていうか、世の中って百合やBLが好きな人達だけじゃなく、苦手な人だっているでしょう?こういう事を書けば、「藤高はLGBTQを差別している!」という藁人形論法にシフトさせられる可能性もありますが、逆にただ女の子同士がふざけあっていたり単に友人同士だったりする場合に、ワンクッションも置かずに同性愛萌えみたいなものを押し付ける方が迷惑で失礼だったりしませんか?

第一、百合とかBLって、(所詮は)本人のセンシティブで切実な領域を安全圏から嗜好にしているどうしようもない部分だってあり、そこら辺の自省も必要なんじゃ・・・とか思ったりしています。自分だって井村 瑛先生の『イノセントノイズ』とか柏原 麻実先生の『少女惑星』とかいった、百合系の漫画を過去に何冊か読んでたからわかるんですが、そこら辺で自浄作用とかTPOみたいなものを適用させないと、児童書が百合オタに殺されることにならんか・・・そういう懸念があります・・・。

まずは、何でも百合に当てはめるんじゃなくて、それが本当に百合の作品かどうか・・・それを語っていい空気なんか・・・ちゃんと見極める礼儀正しさが欲しいなと感じました・・・。