この記事を読んでから、逆に『みい山』のパイロット版に興味を持ってしまっています・・・。ああ・・・そうね・・・パイロット版は未完だし、そこまでスキャンダラスじゃなかったという事でいいかな・・・?みいちゃんはそこまで癇癪持ちを強調されてるわけでもなく、そんな(読者の)ヘイトを稼ぐための大失敗をする訳でもない。DV彼氏であるマオ君の描写も商業版と比べれば、大人しかったようだし・・・。
今はもう、(日本自閉症協会みたいに)それなりに歴史も権威も有している団体まで言及するという事態になっていますが、個人的には『みい山』のような作品が突然出てきて大騒ぎになっているわけではなく、これまで商業という分野で積み上げられてきた土壌が(かなり不謹慎な表現を使うのは承知の上ですが)炉心溶融を起こした結果じゃないのか・・・と思ったりしています。
そういう何か、ネットで福祉とか貧困(自堕落な無業とか生活保護不正受給みたいなステロタイプ)とか、障害者みたいなものに対する差別的なコンテンツが蔓延していて、それをメディアの巨大資本みたいなものが利益の為に日向の社会に次々と引き揚げていった結果に、『みい山』の炎上騒動みたいなものがあるんじゃないか・・・そういう思いがうっすらとありまして・・・。
だからこそ、何か表現の責任とか自浄作用について、そろそろ考えんといけんな・・・と考えています・・・。AIだって、これ以上開発を進める事を規制するかどうかで議論されとるじゃん・・・。
俺も昔、会田 誠氏の過激な作風に憧れて、危ない橋を結構渡ってた事がありました。でも、文化的な意義がありゃあ何やってもいいってわけじゃねえ・・・今はそういう思いも胚胎してるんで・・・。大学卒業から数年経つうち、何か自分の中でどんどん、「表現の自由」とか「タブー破りの意義ファースト」みたいなものが保守的な考えとして変容していったというか・・・。

