弓場 あずさ氏の 『きみと友だちになれたら…!美少女転校生はド天然!?』を読みました。イラストを担当された、せんちゃ氏の絵も良かったので、気が向いたら画集でも・・・という感じです。
主人公の七篠 梨乃は、影が薄い存在ですが、心の底から友達を作りたいと思っていました。そして、5年生を迎えた時に、容姿端麗だけど(客観的に見て)どこか発言がズレている少女、名取 胡桃が転校してきます。そこで早速、クラスの悪ガキである片桐 正也が彼女をいじり始めますが、胡桃は彼の悪意をさらりとかわし、ポジティブな意味に捻じ曲げてしまいます。そんな胡桃を見るうちに、梨乃は彼女に惹かれていき・・・という感じの話です。
で、話を読み進めていく内に、やっぱり「みんなキラキラ仲良し」の友情ほど脆いものはないよね・・・と思っていました。本当に相手同士を思いやる関係というのは、いつも優しく明るいものだけを見て、傷つく事を避けるのではなく、(それは、子供のキャパに合う形というのは当然ですが)時にはすれ違ったり、傷ついたり、相手が抱えている悩みを直視するネガティブ要素は必要悪ではないか・・・と感じました。人の痛みに敏感でなければ、梨乃も正也の腰巾着として、胡桃を揶揄して面白がっていたでしょう。
特に、物語中盤で梨乃達と一緒になるクラス委員長の小山 杏奈が抱えている闇は、ルッキズムという部分でもかなり重要な指摘をしていると思いました。アジア系が「ツリ目」と揶揄される人種差別の事例だってありますし。SNS(それはXやBlueskyにもいえる話ですが)で政治家を批判する際も、左派による「悪人顔」という罵倒が容認されている憂うべき事態も、度々見てるので・・・。
ですが・・・本作はちょっと片桐 正也に悪役のポジションを背負わせ過ぎてるんじゃないか・・・?と思いました。(これはほぼ同義語ですが)いじめやイジりというのは、一人の加害者が最初からみんなを扇動して始まるのではなく、複合的な要因が絡まって収束した結果であり、だからこそ被害者VS加害者と単純に白黒つけるのではなく、両者を含め、全員が自分の問題として考える要素が必要なのでは・・・?と正直考えてしまいました。
さとう まきこ氏の『 宇宙人のいる教室』や、白矢 三恵氏の『ぼくらの教室rpg』では、その辺りがかなり明確に描かれていたので・・・。
それと・・・これはかなり余計な事かもしれませんが、正也が梨乃を揶揄する際に「ドンくさいから『名無しのどん兵衛』」、給食がカレーうどんだったので「うどん兵衛」というのは、実際にそういう商品名のインスタント食品を製造する企業があるわけで、ちょっと思慮が無いな・・・と正直思いました・・・どうせするなら架空の商品名か、他のあだ名にすべきだったでは・・・とも・・・。