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2026年9月6日日曜日

約束を破っちゃいますが・・・

 ちょっと・・・体調の関係で・・・昨日、今日くらいに制作中の絵をアップするというのは・・・ちょっと保留にさせてください・・・私のひ弱さが原因なんですが・・・(汗)

で、代わりに、「ベクトロン」というシーメンスが製造している電気機関車について、つらつら書いていこうかと思います・・・。ここに外観の画像があるんですが・・・まるで、日本の名機であるEF66を今風にアレンジしたような感じじゃないですか・・・?特にヘッドライト内側にある、ラジエーターグリルのように縦に並ぶラインを見てから、そう思ったんですが・・・。

で・・・逆にこちらを見て欲しいのですが、レンフェ(スペイン国鉄)251形電気機関車というのものが日本から輸出されており、同じ三菱重工製という事で、EF66そっくりのデザインです。何か不思議な巡りあわせだなと思いました・・・。

 

それから・・・まぁ・・・ちょっと話を変えますが、某Youtuberが福島大に対してやった事・・・あれは本当に当然の反応を食らったと思います。何か、私が赤瀬川 源平氏の「超芸術トマソン」の原爆タイプという定義について、ずっと感じていた事だし、ここでもちょっと長めに書いています・・・。
何か、『みい山』と同じように、こういう記事こういう記事 みたいに、茶化しちゃいけない事を、日本のポップカルチャーがずっと茶化し続けてきたツケが今跳ね返ってきてるんじゃないか・・・そういう感じがします・・・。

あのYoutuberに限っていえば、俺の出身大学もBF判定食らってる事を呑んでいうけど、広島が長崎と共に原爆投下という消えない琴線を抱えてるのと同じで、東日本大震災以降、(津波に限っていえば、岩手や宮城、茨城も同じですが)福島県がどんなデリケートな琴線を抱えていて、どういう反応をすればいいかの正しさ位、小学生でも理解しているのに・・・と思います・・・。

最近でも、いわきから父親を残して、広島の方(海田の方です。私もそこで10年位前にプラカード持ちのバイトを数日間やってました)に母子避難した小学生が、地元の小学校で教師になったというニュースサイトの記事を見たばっかりなんで・・・何か自分が蹴られるような感じがしたんですよ・・・安っぽい同一化ですが・・・。 でも・・・記事内の動画で小学生が先生の言葉に涙する一方、大の大人が、「福島大には触らせたくない」という差はどっから生まれるのかと・・・同じ大人として、頭を下げて詫びたい気持ちです・・・。

 

2026年9月5日土曜日

ちょっと白を塗り重ねました

 最近、制作している絵のグレー部分が濃すぎたので、僅かにチタニウムホワイトを上乗せして、誤魔化しちゃいました・・・(笑)いけんですね、最初からちゃんとやっとけよって話なのに・・・。

それと・・・同じ色にちょっとだけアンブリーチドチタニウム を混ぜて修正したんですが・・・これは後で色を塗るんで、多少ムラが出ても大丈夫だという判断で、半ばアバウトにやってます・・・。でも、一応売り物を作っているという前提なんで、全部行き当たりばったりという訳じゃないです・・・ 念のために・・・。

で・・・明日くらいに、制作中の絵をアップしたいと思います。完成品はともかく、制作中の絵ってなんか恥ずかしいんであんまりアップしてないんですが、話したい内容とリンクしてくるんでどうしても・・・という感じです・・・。

『ハピかわ』がまたフラッシュバックしてるし、本棚に一応あるんでね・・・。

本当にデフォルトで「清く正しく美しく、そしてストレスのかからないコミュニケーション」のテクニックを子供にまで求める事が美談なのか、また話したいというか・・・。 

2026年9月4日金曜日

鉄道警察的な・・・

 今回は・・・鉄道警察寄りの話題になりますが・・・といっても現実の、痴漢や暴力事件を取り締まる鉄道警察の方じゃないので、自分がホント嫌な存在に堕す事を自覚して書きますね・・・。

この文章で、みずの 瑞紀氏の児童書『僕らのヘリオトロピズム』の感想を書きました。で、川島 誠氏の『電話がなっている』と併せて、「やっぱりタブー破りの優越より、こういう事は『僕らのヘリオトロピズム』みたいに真面目に扱うべきでしょ?」みたいな話を、長々と書いたなと・・・。お気持ち表明とでもいうか・・・。

ですが・・・ちょっと引っかかる事があったんです・・・本作が真面目な姿勢だからこそ、よかった故に・・・。

で、琥珀が襲われる事件があったあと、琥珀と直人が線路沿いの道を歩くシーンがあります。そこで、「線路を一台の電車がゴーッと通り過ぎていった。二駅を通過する特急だ。」(84P)という文章があります。それから、電車は「台」としてカウントされているわけですが、主人公の生活圏内や特急レベルの優等列車が走っている事を考えると、本来は8両とか10両位の車両がムカデのように繋がっているはずなので、「1本」としてカウントした方が・・・と脊髄反射で思ってしまいました。

一台というと、こういう車両とかこういう車両を、つい想像してしまったもので・・・。

すみません、あんな話に、こんな野暮なツッコミを入れるなんて・・・。でも、ちょっと気になっていたものですから・・・。

まぁ・・・私もこの文章で告白しているように、今まで「尤も」と「最も」を混同して使いよったから、お互い様かも知れません(汗) 

 

2026年9月3日木曜日

着色を始めました

今日・・・ようやく線画が完成したので、着色を始めています。

といっても・・・全体のうち10%くらいだから・・・。

まぁ・・・明日はアレの日なんで、絵具を買いに行きたいと思います・・・。 

2026年9月2日水曜日

『僕らのヘリオトロピズム』を読みました

―自分がちょっとふざけたいからといって、野放図に人を傷つけていいわけがないんです。

             ロマン優光氏『90年代サブカルの呪い』より 
 

―強姦ってのは その後も精神を繰り返し犯す 心の殺人だからな

 一方  加害者のお前は 今の今まで俺に言われなきゃ 思い出しもしねえ

 正真正銘のクズだ

 原作:石井 光太氏 作画:今野 涼先生『鬼畜の街』より 

 

みずの 瑞紀氏の児童書『僕らのヘリオトロピズム』を読みました。 

まぁ・・・今日は前の文章とは違って2回更新になっちゃいますが、約束通り、川島 誠氏の『電話がなっている』と絡めて書いていこうかね・・・と思います・・・。当然、性質が違うし、どっちかといや後者は児童書という性質上、かなり私はネガティブに見ています。こことかここでも「いっちょ噛み」はしてるわけだしな・・・。

で、最初に書いておきますが、『とにかくさけんでにげるんだ』とか、『いいタッチわるいタッチ』 といった絵本、そして、『アナザーヴィーナス』という児童書が大人から子供への性暴力を告発・対策法を表明してきたように、『僕らのヘリオトロピズム』もその流れを汲んだ作品です。尤も、『アナザーヴィーナス』は青木 和雄氏の監修で、吉富 多美氏が執筆したものですが、正直、加害者に優しい結末を用意するような展開より、『僕らのヘリオトロピズム』の方がきちんと被害者と性加害のリアルが描けていると思いました。

で、『僕らのヘリオトロピズム』のストーリーですが、直人という少年が小学生時代にサマーキャンプでボランティアの青年から性加害を受けたという闇を抱えている所から、物語が始まります。で、直人は塾帰りにクラスメートであり、同じ塾に通うようになった女子の琥珀が、同じく男性に襲われているのを目撃してしまいます。 

そういう目に遭っていなければ、単純に「じゃあ、警察にいやぁいいじゃん」でしょうが、性暴力は(語弊を恐れずに書けば)その性質上、みんながみんな同情や憐憫の目で見てくれるわけではありません。 それらを軽く見るつもりは絶対にないですが、殺人や傷害以上に、被害者も好奇の目で食い荒らされる事になります。だからこそ、簡単に告発できないジレンマに直人は直面していきます。男性から男性からの性暴力に、一体世間がどんな反応をするのかという事も加えて。自分もそれはわかるような気がします。「ゲイヴン」とか「真夏の夜の淫夢」とかいったネットスラングが流通しているように、特にそういう事が歪めて茶化される確率って、かなり多い気がしますから。

で、ストーリーが進むにつれ、実際の事件を明らかに参考にしたと思しき、漫画家の性加害事件が発生します。 それは、直人が愛読していた漫画の作者で・・・。すみません・・・私は『モリのアサガオ2』を買ってるんで、同罪かもしれん・・・。これから書く事を考えれば、矛盾の極み・・・。

はっきりいえば、戦争(例えば、イスラエルのガザ虐殺やロシアのウクライナ侵攻など)や東日本大震災を題材にした話より、こうした問題を扱った児童書は、例えそのスタンスが真面目であったとしても、かなり人を選ぶし、もしかすれば必要以上に読者がダメージを受けるリスクがかなりあると思います。だって、身近にいる人が最悪な形で自分に牙をむくという苛烈さはともかく、そういう目に遭った人が読むと、重大なセカンドレイプになる可能性も、否定はできませんから。
 

だからこそ、この『僕らのヘリオトロピズム』は全くもって常識的で当たり前の事しか書かれていません。一番弱い立場の子供を性の捌け口にするような大人は唾棄すべき外道であり、裁きを受けるべき存在である事、その犠牲になった子供達が、守られなければいけないのは当然の事、だからこそ、他者のセクシャルな部分を安易に口にしてはいけない事などです・・・。
それは、最初に書いた、川島 誠氏の『電話がなっている』の実験的タブー破りや、そういう作品を子供に勧めてダークヒーローぶろうとする、無責任な児童文学愛好家の態度(場違いかもしれませんが、現実における被害と加害の関係の「美味い部分」ばかり相対化して持て囃した人たちは、コミックLO編集部の爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいと思います)より、遥かに優先されるべきものであり、みずの氏のようなテーマを選んだ大人達には、例え合意があっても、子供同士のキスやHだって、肉体や精神の発達段階や責任能力を考えた上で、絶対に許されないという拳にもなって欲しいと思います。
『僕らのヘリオトロピズム』は、合意のない性行為を扱っていたので・・・。 

 

尤もと最も

 まぁ・・・最近書こうかとは思っていましたけど、この公開日記や、自作小説内で、「尤も」と「最も」を混同して書いていたんですね・・・漢字については、恥ずかしながら自信があったので・・・もう・・・という感じです(汗)修正したいが、この公開日記の文章はやりません・・・なんせもう投稿の数が膨大なんで・・・。間違いを見つけたらどうか笑ってやってください・・・。


で、今日ちょっと、ロマン優光氏の『90年代サブカルの呪い』という本を読みました。

自分自身、あの辺りに精通しているかといえばちょっと自信はないですが、何か知らず知らずの内に、逆張り的な表現が加害にシフトしていくみたいなのって、サブカルじゃないんですけど、川島 誠氏の『電話がなっている』はともかく、あの表現を持て囃す大人達を思い出しました。まぁ・・・『90年代サブカルの呪い』でも背徳をただ楽しむだけではなく、何か他者への加害行為すら武勇伝として美化するような当時の風潮に「でも、やっぱりどうなんかね?ああいうのって面白いんかもしれんけど、傷つく人っていたじゃない?」 という感じの言及がなされていましたが、某読書日記はともかく、ああいうもの(つまり、『電話がなっている』みたいな、際どい文学的実験)を子供に読ませて悪趣味ぶって面白がるような風潮に、そういうのを感じます。
自分だってそういうゲスい部分があるから自戒として書きますが、児童書や絵本にオタクが群がり、エルサゲートの提供者みたいに振る舞うのは結構見苦しいなと・・・。 

これについては、みずの 瑞記氏の『僕らのヘリオトロピズム』を読んだ事と併せて、後日位に書いていきたいと思いますが、上に書いたように、子供をダシにしたチキンレースみたいなものへの、私もお気持ちも表明しておきたいという感じがせんでもない・・・。 
ていうか、『電話がなっている』にはこの公開日記で数度批判的な感想書いたけど、タイミングが合えば2つくらいリンクは貼りたいです・・・。 

2026年9月1日火曜日

2日遅れでした

 まぁ・・・アレに関係した事が・・・2日遅れで・・・気をつけな・・・。

 この調子で、気温が下がればいいんですけど・・・。