やっと・・・キャンバス作品ですけど・・・本体ができ上りました・・・!
次は背景です・・・いろいろ資料を見ながら描きましょう・・・。
今日はなんか後ろめたい気持ちになりましたが・・・プライベート関係ですけど・・・まぁしゃあないと自分にいい聞かせています・・・。
で、明日は休みですが寄り道せずに帰りました。昼食もまだなので・・・この時点で・・・。
画家、藤高昇太の公開日記(ブログ)です。主に出展のお知らせや、近況などを書いていきたいと思います。なお、整理のために一部の記事が削除される事がありますので、ご了承ください。 ◎本ブログの文章の一部引用および画像の無断転載を許可いたしますが、以下の注意を守ったうえで、自己責任でお使いください。1.営利目的・非営利目的(何らかの収入を伴わない)に関わらず、出典の明記は大体わかる形でもかまいません。そちらのご都合に任せます。 2.政治的・社会的な信条にかかわらず、いかなる表現も許可いたしますが、最低限のTPOとモラルを守ったうえでご使用お願いいたします。なお、タイトルに◎がついた作品は、版権ネタですので無断転載をご遠慮ください。
やっと・・・キャンバス作品ですけど・・・本体ができ上りました・・・!
次は背景です・・・いろいろ資料を見ながら描きましょう・・・。
今日はなんか後ろめたい気持ちになりましたが・・・プライベート関係ですけど・・・まぁしゃあないと自分にいい聞かせています・・・。
で、明日は休みですが寄り道せずに帰りました。昼食もまだなので・・・この時点で・・・。
まぁ、殺傷能力のある武器が規制緩和で輸出可能になったとの事で、私も基本的には反対の立場ですが、大企業や政治家といった「巨悪」に立ち向かう「正しい」市民として反対表明をしたり、ハッシュタグデモをしたりするような風潮には正直、冷淡な疑念を覚えています。
日本はそういう意味での戦勝国でもないので、あんまり実感が沸かないかもしれませんが、もしこのせいで(人死にが絡む)何かが起こるかもしれないし、ちゃんと加害者意識に基づく覚悟を持った意思表明ができず、いつまでも「だまされた根性」で高市政権のような存在に全てを転嫁している限り、日本の反政権運動や反戦運動には未来は無いのではないか・・・そう感じています。金八先生ファイナルでもこういうセリフがありましたよね?「悪はどこにありますか?」というやつですけど・・・。
そこら辺が、外国の民主的な運動との違いなのかもしれない・・・とうっすら考えています・・・。
ヨメルバで、平河 ゆうき氏の『くいなちゃんはゾンビ!』の先行試し読みを読んでいるのですが、少しだけ気になった事がありました。
本作は挿絵イラストがカラーという宣伝が何度か行われていましたが、これまでのエピソードに掲載されたからあげたろう氏のイラストを見ると、モノクロ作品もありました。実際に発売されたときに仕様がどうなるかはわかりませんが、もしモノクロイラストも掲載するのであれば、宣伝で「一部の挿絵イラストがカラー」と書かなければ読者に対して要らない誤解を招くのではないか・・・そんな懸念があります。すみません、発売前に水を差すような事を書いてしまって・・・ですが、やっぱり・・・という感じだったので・・・。
そういえば、空の色が暗すぎる事に気が付きました。少しだけ明るくしようと思いますが、重ね塗りをすればそこだけが・・・という感じになるので神経使いそうです。そこだけフォトショで・・・という悪魔の囁きも聞こえますが、一応キャンバスでやってみる事にします・・・。
―自分が享受している特権に気づいていない人間だけが、そのような
「想定外」の問いを口にするのです。
内田 樹『下流志向:学ばない子どもたち 働かない若者たち』より
最近、高橋 邦典氏のフォト絵本『ぼくの見た戦争:2003年イラク』を何度か読んでいます。あの時私は中学校に入りたてで、米軍が同時多発テロ事件をきっかけにイラクへ侵攻、ジャーナリストである高橋氏が米軍に同行し、その生々しい現実を撮影したものですが、(かなりの損壊も含む)死体の写真や戦場の血なまぐさい現実等が、一切の誤魔化しなく載せられているので、正直にいえば大人が(特に小学生くらいの)子供に勧めて読ませる類のものではないと思います。
で、私が特にインパクトとして残ったのは、死体や傷ついたバグダッド市民だけではなく、米軍の進行で陥落して無政府状態となったバグダッドで暴徒と化した市民が略奪を繰り返し、引き倒されたサダム・フセインの像を笑いながら次々と足蹴にしていく写真でした。ここに、戦争行為というものはただ誰かの体を傷つけるだけではなく、(それは現在におけるロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ虐殺にもいえることでしょう)、精神まで変えてしまう恐ろしさを伝えていると感じました。
ここで、フセイン政権下のことを考えれば、イラクにとっては行くも地獄、退くも地獄だったという事を敢えて除外し、所詮は安全圏から人の苦しみを特定の思想や政治的スタンスに対する批判、つまりダシとして利用してしまう偽善性も自覚した上で書きたいのですが、巷には秩序と正しさに守られた状態で生きながら、それを疎ましく思うことで反逆者を気取っているような人間が(ネットを観測したあたりでは)かなり存在します。
特に、ハコブネ某のような児童書を中心に書評しているようなサイトでは、正しさや良識を否定し、人間の本質を肯定しながら本音を優先することが、(こういう人達が見なしている)巷に生きる一般人と比べると高尚なやり方であるかのような主張がなされています。「児童文学の本質」は、真に人が自由に生きられる事を求めるのだと。ですが、良識や相互理解とかいった「建前」を否定し、「本質」を最優先した社会が本書に掲載された米軍という「強者」に蹂躙されたバグダッドの惨状であり、同時多発テロという大量殺人に晒されたアメリカの姿でもあり、自分たちが寄り添うべきだと都合のいい時に主張している弱者が真っ先に血を流す事態になるという事に、どれだけの自覚があるのでしょうか?
現在でも、秩序や正しさをしがらみとして冷笑し、(ハコブネ某のように)文化的な特権意識を抱くようなアマチュア書評家や作家は数多く存在します。ですが、秩序や正しさが崩壊した世界では、そんな事も不貞腐れていえない事態になる事に、どれだけの想像力があるのか?という疑念を抱きながら、私は本書を閉じました。
来年、某イベントに出せるか・・・?という不安があります。10回記念なんで、是非とも出したいなーとか思ったりするんですが・・・最悪、来客という形で・・・という想定も・・・。
何か今朝は風が強かったですね。でも今はそうじゃないんで安心しています(笑)