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2026年7月15日水曜日

毒親のインフレ

 まぁ・・・10年位前ですかね・・・田房 永子先生の『母がしんどい』という漫画や、信田 さよ子氏の『母が重くてたまらない:墓守娘の嘆き』みたいな本がかなり売れとった・・・と思うんですよ・・・こうした親が子にいつまでも過干渉を続けて押しつぶされる事を、虐待として認知させた土壌は、そう、スーザン・フォワード氏の『毒になる親』という本じゃないでしょうかと・・・。それが縮められ、「毒親」という形で心理的虐待や機能不全家族(における加害者)を指すスラングになったのは、知っての通りだと思います。

そして今日ですが、「毒親」とか「毒母」とかいった言葉で、特に母から娘への攻撃的なアプローチを告発するコミックエッセイや手記は星の数ほど出版されていますが、あの語源を知っている人が、どれほどいるのか・・・という感じです。個人的には、何か一般的な(親子間の)対立や意見の相違まで「毒親」と一括りにされてないか・・・?と思いますし、虐待行為ではない問題ですら「毒親」認定されて、結局誰かが割を食ってるし、正しい問題解決になってないんじゃないか・・・?という懸念がうっすらあるんですよ・・・。

で、フォワード氏の『毒になる親』でも、親への糾弾ありきではなく、そこからどうリスタートを切っていくかがちゃんと指南されていたと思います。それと、被害者だからといって何もかも受容して慰撫するのではなく、大人として他者に取るべき責任をちゃんと書いていましたし。 
ですが、後発の毒親系メディアというのは、こうした「不都合な部分」がばっさりカットされ、(自分を支配欲の捌け口にした)酷い親や異常者への溜飲を下げさせるだけのものが、結構多かったです。結局は傷の舐めあいにしかなってないというか・・・。それと、「母VS娘」みたいな、換金化しやすいわかりやすさを追うあまり、「毒親」問題にもジェンダーの壁が半ば正当化されてるかと・・・。

そこから、「教育虐待」が武蔵大学の教授である武田 信子氏の発表である事もわからないのと同じで、「毒親」は「教育虐待」とセットで第3者が当事者の切実な問題を見世物小屋感覚(でも、読者からは「勉強になった」とか「真実を描いている」と持てはやされるような)で描いているような露悪系マンガも結構見ます。オバサン達の井戸端会議感覚でね・・・。
また、明らかに専門知識がない人間や、無責任な専門家等がネット上で「毒親チェックリスト」みたいないい加減なコンテンツを乱造する事態も、その歪曲と混乱に拍車をかけてるんじゃないでしょうか・・・?

私自身、心理だろうが肉体だろうが、虐待行為は絶対に許してはいけないと思いますし、被虐待者が声を上げるのは当然の事だし、社会が目を背けるのは許されないでしょう。ですが、 今の状況を見るにあたり、「毒親」とか「教育虐待」みたいな言葉から距離を置いた方が、あるいは別の文脈で語った方が、より真面目に子供達の受難やセーフティーネットについて語れるのではないか・・・そう感じています・・・。

やっぱりああいうの、福祉について真面目に考えず、興味本位のコンテンツとして持て囃されてるだけじゃんと醒めた目で見てる自分がいるもので・・・。 

2026年7月14日火曜日

ドパガキはどっちか

 最近、「ドパガキ」なる言葉をネット上で目にしますが、何か・・・こっちだってもうすぐアラフォーでも、平成生まれとして足りん部分は色々あるなという事は承知ですが、何かそれ以上と見られる年齢層が「ガキ」という言葉を使う意味を考えちゃいます・・・。

それに、この記事が「ドパガキ」問題の真実を一番説明していると思いますし・・・。問題はもう「最近の若者は・・・」という嘆きで済むものではなく、ネットと癒着した中高年層のガラの悪さが、露呈している事じゃないかと・・・まぁ、私も腹が立ったらプライベートで時々酷い言葉使っちゃうし、「Z世代」の方が遥かにマシかと・・・。

これはもう、正直に書いてしまうし、語弊もある事は自覚の上ですが「ドパガキ」的な文脈でいえば、高齢化したねらー層とかオタク層(とそのコンテンツ)じゃないかと思うんですよ・・・。リンク先の記事が指摘している通り、炎上をベースとした政治系の動画、自己啓発、恐怖を煽る広告など・・・そこら辺から、ネットにおける中高年層の社会派的な発言が、結構酷いなと感じる事が、かなりあります。(ここからは個人的な意見になりますが)つけ加えるなら、センシティブな分野で悪意や害意を投げつけ、表現の自由と開き直っているのは若年層じゃないと思うんですが・・・。

雑に書きましたが、やっぱり世代間対立って(まとめるのが)難しいねと・・・。 

2026年7月13日月曜日

『ハッピースイーパーアワー!』を公開しました

 かなり遅くなりましたが、BOOTHで自作小説『ハッピースイーパーアワー!』を公開・販売しています。よければどうぞ手に取ってみてください。よろしくお願いいたします。

挿絵や表紙絵、口絵なども自分で描きました。まぁ・・・何ていうのか、ストーリーは架空の国を舞台に展開する風刺系SFで、何かコロナに対して「働き方改革がなされたのはよかった」とか「個人の在り方を考える、またとない機会」とかいった(現実を直視しない)歪んだ美化をちょくちょく見てるんで、なんか楔を打っとかな・・・という感じで書いてます。

BOOTHの商品紹介のあらすじでもそういう事書いてるんで・・・紙版は、また展覧会があった時に・・・という感じです・・・保管料の話もあるから、ドケチですんませんなぁ(汗) 

 

2026年7月12日日曜日

20%の人々

 セブンイレブンに入ると、天海 祐希氏のアナウンスをよく聞きますが、真っ先に私は「女王の教室」というドラマを思い出します。それ程天海氏の演技が強烈だったから・・・でしょうね・・・ストーリーと併せて・・・。

で、「女王の教室」では、天海氏が演ずる教師、阿久津 真矢が序盤で「どんな立派な会社でも、真面目に仕事をしているのは全体の30%で残りの50%は何もしてないのと同じ、そして、残りの20%に至ってはみんなの足を引っ張っている」というようなセリフがあります。

で、これはネット民の一人としての自戒も込めて書きますが、ネットにおける20%における場所が、まさにはてな匿名ダイアリーだったり、Xやtogetterのコメント欄だったりするんじゃないかとよく思うように・・・。 

玉石混合ではなく、石の方が多いはてな匿名ダイアリーですが、結構良記事も見つかったりするんで、簡単に否定はできない側面もあるんですよね・・・「オタク差別を批判することを、やめることにします。」は、マジで名記事だと思うんで・・・。 

2026年7月11日土曜日

暑くなりましたね・・・

 なんかどんどん暑くなってきてます・・・。今年も夏を乗り切れるのか・・・。

「コロナのおかげ」って、リモワ出来んかった身としては何と世間知らずで罰当たりな言葉か・・・と思うよ・・・。正直、リモワ出来てそれがストレス・・・というのも何か贅沢だよな・・・とも・・・。

今日はこれくらいにしときます。疲れてるんで・・・。いや、これで疲れたといったらいけんな(汗)もっと努力しとる人もおるから・・・。 

2026年7月10日金曜日

左派版T4作戦

 最近、(岩波新書の『ルポ 貧困大国アメリカ』シリーズを読んだついでだし、比較的集英社新書は他の新興新書レーベルと比べると、結構治安がいいので)堤 未果氏の『堤未果の『素晴らしい新世界』:スマホで赤ちゃんを注文する日』を読みました。まぁ、生命倫理に照らし合わせた上で、結構グロいっちゃぁグロい事が色々暴露されてて、興味深かったんですけどやっぱり重い衝撃として残ったのは、安楽死を扱った4章ですよ・・・。
特にカナダで、(人の生き死にを他者が決めるという)そこら辺でマジギレすべき左派すら「個人の自由」とか「権利の平等」とかいった美辞麗句で死ぬ必要のない人すら死に追いやる事に諸手を挙げて賛成し、貧困層が安楽死の申請にまで追い込まれるような現状は、何か左派版T4作戦じゃないのか・・・?と感じたりもしました。

こういうの、新型コロナのパンデミックに基づく混乱が始まった2020年代初めに、都合よく肉体労働者や貧困層をダシにして政府(とその対応)を腐しながら、その口で「個人の解放」だの「働き方改革が推進されてよかった」だのと脳天気にいい放った反権力層を想起させるというか・・・。語弊がある事は十分承知ですが、やっぱりそういう世間を知らない理想論が、結果として当事者を抑圧している事に気づきもしない事という点では、共通点はあるかと・・・。

話がずれましたが、ここで本題に戻ります。こういう話になると、やっぱり「科学的正しさ棒」を持った人達が、「医療技術の進化に水を差す生命倫理学者VS理知的で真っ当な判断を下せる私達」みたいな二項対立で、藁人形論法を多用しながら反論してくると思いますが、本書は今の情報社会と癒着した医療技術が一線を超える様についてはかなり痛烈な告発はできていると思います。
ですが、やっぱり全体的に堤氏の危機感や怒りが前面に(そして情緒的に)出すぎて、上に書いたような逆張り系論客の攻撃に対する耐性や反論というと、ちょっと弱い部分はあるかな・・・?と思うので、そこら辺のカウンターも少しは欲しかったな・・・と正直思いました・・・。 じゃないと、ああしたIDW崩れみたいな層から「ホラ、やっぱり左翼のせいで死ななくていい人間が死ぬ事を防げないじゃないか!」みたいになるリスクがあると感じるので・・・。

2026年7月9日木曜日

QRコード・・・

 最近、自宅の最寄り駅に行った際、改札口の掲示板を見て唖然としました。

今まで、(大雨が降ったり、台風が接近している時とかに)列車の運行情報が詳しく書いた紙が掲示されていたのに、代わりにQRコードが印刷された紙だけが貼られているだけになってました。そんな手抜きをしていいのか・・・?JR西日本は・・・。

私だって、セルフレジでモタモタしている老人を見ると、機嫌次第ではイライラする事は正直あります。ですが、情報化社会がエスカレートする中で何が蔑ろにされているか、誰が犠牲になろうとしているか、そろそろ真面目に考えるべき時が来てるんじゃないでしょうか?これで切符もICカード化・・・みたいな話になったら、流石に私は怒るよ・・・。

昨日の文章でも書きましたが、重要なのは淘汰されずに生き残る事ではなく、淘汰される(といわれてる)側がどう救われるか・・・という話が一番大事なはずだと思います。その辺りにおける世渡りが上手い人たちが、格差や分断を過激な言葉で煽るのはもう嫌悪感しかないな・・・とも・・・。

すみません、QRコードからいつのまにかAI関係になっちゃいましたね・・・。