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2026年9月23日水曜日

ようやく・・・終わった・・・

 ようやく・・・連勤が・・・終わりました・・・。

 画材を買いたいが・・・よりによってアレが無いとは・・・。まぁ・・・明日行けばいい・・・そっちの店の方が安いから・・・。

 そういや・・・広電、特に宮島線って駐輪場とホームが一体化している駅があって、そこをバイクで通り抜けていく奴を見ました・・・ホームをバイクで走行して、接触事故でも起きたらどうするんだよ・・・と思いましたが、何もいえんかった・・・。

で・・・何かnoteで「広島はなぜ西の仙台になれないのか?」みたいな記事を見ましたが、まぁ・・・もしかすればグダ〇ン氏が別名で転生したんかね・・・と思うような内容で・・・。広島市民の俺から見りゃ、広島の人口流出とかマツダ依存とかはともかく、そっから仙台に地下鉄や空港アクセス鉄道がある事や、旧帝大がある事などを一方的に絶賛し、それが無い広島をディスってるようなんはともかく、「ちょっと待てよ・・・」と思うような感じでした。その辺り、GrokとかGeminiもいってたし、Geminiなんかそれ以上に辛辣な評し方をしてたぞ・・・。まぁ・・・もう全部いうんはさすがに疲れるけど、俺が感じた事だけ書いとこうかね・・・。仙台なんて行った事が無いからこれを書こうとしてるあたり、同じ穴のムジナ・・・という自覚は持っていたいです・・・。

確かに、広島の人口流出が深刻な事と空港アクセスが非常に悪い事は事実でしょう。これまで何度か羽田空港を利用してるからそりゃわかります。都心にモノレールや電車一発でいける利便性を考えたら、あのバス旅は正直「空港はまだか・・・!」とイライラしますもん。
ですが、何で性質も立地も違う仙台と広島を天秤にかける必要があるのか、で、広島を腐すにしても(仙台市営)地下鉄の代替手段だろうアストラムラインの存在がまったく論じられてない所に、かなりリテラシーの欠落を感じました。厳密にいえば、アストラムラインには僅かながら地下区間があり、その中の県庁前~本通間は建設の際に、地下高速鉄道整備事業費補助制度というものを受けており、厳密には「地下鉄」と見なされていますし、路線は市内と郊外を結んでいる形になっていますが、そりゃどうなんね・・・とも・・・。

記事内では都合よく宮島線を除外して広電を貶すように非難していましたが、特に宮島線の混雑率は日暮里・舎人ライナーに次ぐワースト2位にランクインされており、しかも全線で「自転車並みの表定速度」ではなく、鉄道事業法が適用されている宮島線では、きっちり時速60キロ台まで加速しています。それと、記事内では「市内遠方に伸ばした所で使い物にならない」と書かれてますが、実際に広島電鉄の路線は、廿日市市にある宮島口まで伸びてるんですが、広電の公式サイトやYoutubeの前面展望動画すら見る努力をしなかったんでしょうか・・・?それに、広島の地理条件を見るにあたり、たとえ広電を廃止しようが(今みたいに)存続させようが、行くも地獄、退くも地獄という状況があるわけで、だからこそ地下鉄を建設する余裕もないし、だから全員あの小さな車両に我慢して乗ってるわけです。
単なる空襲だったらモータリゼーションの波に素直にさらわれる・・・という事になるんでしょうが、原爆投下を経験した企業かつその生き証人ともいえる車両も存在する訳で、利益と市民感情の板挟みで、そうじゃなくとも存続の努力を選択せざるを得ないという状況への考慮があんまし感じられませんでした。
こういう所から歴史的背景を無視して、地下鉄のある仙台をアゲてるのは、正直「首都圏のつくばエクスプレスは同じ3セクでも優良経営ができているのに、田舎にある赤字経営の三陸鉄道の全線復旧が、どうして美談になるのか」というような主張のようなもんでしょ・・・これ・・・。
谷川 一巴氏は自著『地下鉄のフシギ!?』で、マイアミの高架鉄道を紹介した文章の中で、「地下鉄の存在=大都市」のイメージから何が何でもその街が地下鉄を欲しがる事を批判的に書いていたと思いますが、正直にいって東京や大阪、名古屋を除けば全国の地下鉄事業者が優良な黒字経営を達成しているかといえばそうではないと思いますし、アストラムだって同じ穴のムジナ的部分はあるので、そこを論じない地下鉄礼賛ありきで、広島を一方的にサゲる事自体に、かなりの疑問がわきます。正直、市街地がデルタ地帯(三角州)を中心にして構成され、山がちな郊外部分を結ぶ際に、地下鉄などを建設していれば、(アストラムを美化するわけでは毛頭ありませんが)債務超過以上の事態に追い込まれていたと思いますが。

それと、旧帝大が無くとも、広大は国立大学としてそれなりの難易度とレベル、その信用に応える教育内容(つまり、ブランド性)を備えていますし、アストラムライン沿線において(長楽寺以降は、正直西風新都トンネルをぶち抜く広電バスに乗客を奪われて、正直閑古鳥が鳴いてる状況ともいえますが)は修道大学、安田女子大学、広島市立大学に比治山大学など、広大ほど入試難易度や偏差値が高くないにしても、その教育内容と地元の就職率でWIN-WINという関係を、お互いの大学がグループを形成してある程度は構築しているのに、旧帝大が無いだけでその自治体をサゲるという発想に対し、石渡 嶺司の爪の垢を煎じて飲めばいいのに・・・と正直思いました。 

まぁ・・・色々見ていれば、何か特定の自治体に対するチェリーピッキングとか悪意みたいなものをかなり感じて、今回はこちらが「えっ?」て思った所だけを書いてみました。でも・・・本当に喧嘩を売るんなら、売るに値するリテラシーとかリサーチとかをやってから・・・と思いました。俺だって思い付きで間違った事を平気で書くから人の事はいえんけど、アストラムラインの無視や、広島の大学群をちゃんと論じてない所などから、あれはコタツ記事の域を出てないと思ったんで・・・。 

2026年9月22日火曜日

学校ストップ論とゾンビ少女

 以前、この公開日記で平河 ゆうき氏の『くいなちゃんはゾンビ!:最強ゾンビちゃんは学校に通いたい!?』のレビューを書いたんですが、まぁ・・・結構まとまらん形というか・・・もしかすれば場違いな感想になっていたかもしれないんで、もしそうだとすれば、作者の平河   ゆうき氏と、イラストを担当された、からあげたろう氏にこの場を借りて謝りたいです・・・。

それはさておき、本作はゾンビ少女である、在美 くいなを中心としたドタバタコメディにまぎれてかなり重要な事を書いてると思ったシーンがあったので、ここに何で私がそう思ったのか・・・?というのをつらつら書いていきたいです・・・。

8年前の事故で両親もろとも死亡したに見えましたが、一人だけゾンビとしてよみがえったくいなは、ゾンビバレのリスクを承知しながら、祖母が心配する中、学校に通う事を決意します。そして、くいなは作中で同じクラスの若月 頼人と大日南 桃にこういいます。

「 家にこもっていれば、ゾンビだって知られないし、頼人くんに手伝ってもらう必要もない。だけど……それじゃ生きてるって、言えないんだよね。生きるって、いろんな人と、いろんなかたちで、つながることなんだね」(80P)

こういう所で、教育制度そのものを否定し、「学校からの解放」を叫ぶウェブ論客や評論家などが存在しますが、確かに教育制度にはフラッシュアップの余地が絶えず存在しますし、時によっては学校に通う事をシャットダウンしなければ、子供が守れない事態だってあります。ですが、教育機関に通わずとも学力を維持できるのはそうした環境や財力に恵まれた子供であり、給食がセーフティーネット(命綱)だという子供だっているわけです。それは栗沢 まり氏の『あの子のことは、なにも知らない』で指摘されていたように。

なので、くいなのいう通り「いろんな人と、いろんなかたちで、つながること」は単なる(『心のノート』あたりが書いてそうな)「みんな仲良し」ではなく、そうした方が社会のプロテクトが機能し、誰かが助かる確率が高くなるという部分もある訳です。だからこそ、一定の社会参画への馴致と帰結はどこかで行わなければいけないわけで、それを肉体が死んでいるゾンビにいわせるという所に、かなりのニクさと痛烈さを感じました。
その辺りで公助が(弱者に対して)機能しないと文句を言っている側が、相対的弱者ばかりに目を向けて個人主義に基づく極論を弄するのをブログやXでよく見ており、よって彼らは社会問題に対する倫理的な裏切りを露呈していると思います。

・・・まぁ、この文章も結構あんましまとまってないな・・・とへこんでしまいますし、教育関係者でもない私がいうのもアレっちゃアレなんですけど、教育制度や教育機関の在り方を全否定するのではなく、何かもっと中庸な議論ができれば・・・と思っています。じゃなきゃ誰も救われんと感じるんで・・・。 

 

 

 

2026年9月21日月曜日

波のトンネル

 最近、こちらの展覧会を見る為に東京に行きましたが、行きも帰りも新幹線でした。

で、帰りに雨が降っていて、静岡辺りで結構雨量が多くなり、雫どころか水自体が膜のようになって、窓ガラスから後ろの方向へと流れていく感じだったんですよね・・・。これは運転士さんには大変な状況だといういう事を承知の上ですが、麻生 かづこ氏の児童書『サーファーガール:かがやく波に乗れ!』という作品で、主人公たちがサーフィンのDVDを見ていた時に、サーファーがトンネル状になった波の中を滑っていくシーンを思い出したんですよね・・・。
本来なら、ああいう状況はあんましポジティブに捉えてはいけない所ですが、すごい綺麗だったな・・・と感じました・・・。

で・・・京都まで新幹線が来ると、「やっとラストスパート・・・」と思います。ここまでが日帰り圏内なので・・・。 

2026年9月20日日曜日

オクトーバーフェスに行きました

 今日はオクトーバーフェスに行きました。特にステーキが美味しかったです。

ビールは・・・飲んでません(汗)外で酔いたくないので・・・。

お酒・・・最近全く飲んでない・・・そのほうがいいよね・・・。 

2026年9月19日土曜日

◎「空間彩添 Vol.4」にお邪魔しました

 アエルベース様で企画・開催されていた「空間彩添 Vol.4」にお邪魔しました。自宅に飾りやすいサイズの作品を集めた企画展という事だったので、いい意味で毒気を排した作品が展示されていました。まず、下に会場の様子をアップします。

 


 


そこで、やはり一番印象に残ったのが、飯村 武志氏の「Messer  Rocket」という作品でした。タイトルの通り、バブルカーの中ではイセッタと共に有名なメッサーシュミットKR200が、ロケットになっているんですが、やっぱり元々は航空機メーカーが作った車だから・・・そのルーツに対する、飯村氏の熱いリスペクトのようなものを感じました・・・!
何か、サーブとかブリストル、スバルみたいに、航空機メーカーのDNAを引く自動車って、結構存在すると思いますが、そこら辺のカッコよさって、ホントSFライクですよね・・・とも・・・。

ちょっと話がずれますが、メッサーシュミットを見たのは、小学2年生の時に連れて行って貰った、石川県にある日本自動車博物館で、実際にスタッフの方々の好意で運転席に乗せて貰ったんですよ・・・!あれは貴重な経験でした・・・!なので、その車は今でも特別な印象を放っています・・・!

まぁ・・・私が芸術オンチなせいで(汗)、メッサーシュミットの話ばかりになってしまいましたが、また機会があればお邪魔させて頂きたいな・・・と思います・・・!

2026年9月18日金曜日

『きみと友だちになれたら…!美少女転校生はド天然!?』を読みました

弓場 あずさ氏の 『きみと友だちになれたら…!美少女転校生はド天然!?』を読みました。イラストを担当された、せんちゃ氏の絵も良かったので、気が向いたら画集でも・・・という感じです。

主人公の七篠  梨乃は、影が薄い存在ですが、心の底から友達を作りたいと思っていました。そして、5年生を迎えた時に、容姿端麗だけど(客観的に見て)どこか発言がズレている少女、名取 胡桃が転校してきます。そこで早速、クラスの悪ガキである片桐 正也が彼女をいじり始めますが、胡桃は彼の悪意をさらりとかわし、ポジティブな意味に捻じ曲げてしまいます。そんな胡桃を見るうちに、梨乃は彼女に惹かれていき・・・という感じの話です。

で、話を読み進めていく内に、やっぱり「みんなキラキラ仲良し」の友情ほど脆いものはないよね・・・と思っていました。本当に相手同士を思いやる関係というのは、いつも優しく明るいものだけを見て、傷つく事を避けるのではなく、(それは、子供のキャパに合う形というのは当然ですが)時にはすれ違ったり、傷ついたり、相手が抱えている悩みを直視するネガティブ要素は必要悪ではないか・・・と感じました。人の痛みに敏感でなければ、梨乃も正也の腰巾着として、胡桃を揶揄して面白がっていたでしょう。
特に、物語中盤で梨乃達と一緒になるクラス委員長の小山 杏奈が抱えている闇は、ルッキズムという部分でもかなり重要な指摘をしていると思いました。アジア系が「ツリ目」と揶揄される人種差別の事例だってありますし。SNS(それはXやBlueskyにもいえる話ですが)で政治家を批判する際も、左派による「悪人顔」という罵倒が容認されている憂うべき事態も、度々見てるので・・・。

ですが・・・本作はちょっと片桐 正也に悪役のポジションを背負わせ過ぎてるんじゃないか・・・?と思いました。(これはほぼ同義語ですが)いじめやイジりというのは、一人の加害者が最初からみんなを扇動して始まるのではなく、複合的な要因が絡まって収束した結果であり、だからこそ被害者VS加害者と単純に白黒つけるのではなく、両者を含め、全員が自分の問題として考える要素が必要なのでは・・・?と正直考えてしまいました。

さとう まきこ氏の『 宇宙人のいる教室』や、白矢 三恵氏の『ぼくらの教室rpg』では、その辺りがかなり明確に描かれていたので・・・。

それと・・・これはかなり余計な事かもしれませんが、正也が梨乃を揶揄する際に「ドンくさいから『名無しのどん兵衛』」、給食がカレーうどんだったので「うどん兵衛」というのは、実際にそういう商品名のインスタント食品を製造する企業があるわけで、ちょっと思慮が無いな・・・と正直思いました・・・どうせするなら架空の商品名か、他のあだ名にすべきだったでは・・・とも・・・。 

2026年9月17日木曜日

先回りジャパン

 何か、かなり昔に、実家で祖母か母が持っていた子育て関係の本を読んだ事があります。タイトルも度忘れしてるし、うろ覚えで、いわさきちひろ氏がイラストを担当されていた・・・という記憶しかないんですが、何か幼稚園児で、水道の前でずっと手をかざしている子がいるんですよ。で、保育士がもしかして家は自動で水の出る水道なのかと思った所、本人が自発的にやって習得すべき事を、家族が先回りしてアレコレやった結果、ストレスで思考停止してしまう・・・みたいな感じの話でした。 
水道でも、本人が蛇口をひねる前に、誰かが勝手にひねって水を出す。お花畑を見ても、本人が「きれい」と認識する前に、母親が「お花がきれいだね~」と声をかけてくるので、子供の為に良かれと思ってやっていた事が、本人を結果的に追いつめていたという事態に、みんなが気づいて反省した・・・という形で一件落着していました(ようだった)。

で・・・こういう先回りしてアレコレと世話を過剰に焼くというのは、日本のドメスティックな環境だけではなく、社会全体に溢れていると思います。この文章でも書いてますし、こういう記事にも共感してしまう自分としては、電車やバスに乗っている際に、「無計画な注意放送垂れ流し」がまさにそうだと感じています。

この間でも広電バスや広電に乗っていて、ICカードの使い方や乗車マナーなどのアナウンスなんて、もう5回(可能なら7回)に1回でいいじゃん・・・という思いに正直駆られました。乗客がわからないからといって、小姑の小言のようにネチネチと流されるアナウンスに、あの幼稚園児の姿がダブったというか・・・。 ああいう幼稚園児か小学校低学年の生徒に言い聞かせるようなアナウンスを何度も聞かされると、こっちもかなりイライラしてくるんですよ・・・。調べなきゃ放送してくれというのも、大人なのか・・・とも・・・。
クレーム回避のアリバイ作りの為に、都市環境を粗雑に扱うやり方は、もうどっかでメスが入っていいんじゃないか・・・そう感じています・・・。