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2026年2月9日月曜日

期日前投票でしたが・・・

 期日前投票に行きましたし、(ぶっちゃけ)中道改革連合支持ですが、個人的にまだ起きても無いような危機(「戦争が起きる!これから弱者が殺される!」等と)で騒ぎたて、自分が都合よく仕立てた仮想敵に罵詈雑言を浴びせるというのはもうXとBlueskyも同じだな・・・とぼんやり思います。Blueskyは直接的な暴言ではなく、それが遠回しな嫌味として同義のお気持ちを表明しているような感じがどんどんしてきてるし・・・。因みに、Adobeのアカウントにも酷い事やってませんでしたっけ・・・?

差別反対も戦争反対も結構ですが、「国民が愚かだから自民とか参政党みたいなものが支持される」という物語に耽っている限り、今後の見通しは暗いように思われます。

それと、芸能人が政治的発言をしていいのかどうか・・・ですが個人的にはこの記事が一番共感しました。 そうなんですよ・・・大体あの検察庁法改正の件だって、AKB48の総選挙のような(そうしてはいけないような状況で)見世物化が進んだだけで、記事の指摘通り、「感情的な応酬だけが残る、なんとも悲惨な光景」だったと記憶しています。それは森友・加計学園問題や原発の是非に関する激しい議論でも孕んでいた事ですが・・・。

ここからかなり誤解を招く表現になりますが、芸能人の政治的発言はマドンナ氏がトランプ大統領を名指しで批判した事や、セックス・ピストルズの痛烈な社会批判等といったものには、到底なれないし、性質も違うんじゃないか・・・と思います。

第一、(特に戦後の)日本はアメリカやイギリスのように戦って自由や民主主義を守り抜いたような国ではなく、「敗戦国」です。だからこそ、日本の民主主義社会は戦争そのものの忌避という自国中心の反戦意識や、(この度亡くなられた)モーリー・ロバートソン氏が指摘していたリーダーアレルギーのような責任概念なき被害者意識で醸造されてきた一面があると思うのです。だからこそ、リンク先の記事のように適当に高市氏やその政策を腐したり、もっともらしい「いっちょ噛み」をして誰を責任を引き受けず、「勇気ある発言」として発言そのものが本人の地位として機能した事しか残ってない・・・そんな惨状だと感じています。付け加えるなら、影響力のある「推し」なのに、そのフォロワーが社会にどういうコミットをするのかも本人への丸投げなので、結局政治が芸能ニュース化する事に手を貸してるんじゃないかとも・・・。

まぁ・・・私も政治的な作品をちょくちょく制作しているので、自戒としてこの公開日記で足りないお気持ちを吐き出させてもらった・・・そんな感じですね・・・。