ソースはアレなんですけど・・・実は、『昭和の謎99』という雑誌を持っていて、ちょっと前の号なんですよね・・・以前バイトしていた側にある、コンビニで買ったものなんですが・・・。で、なんかコロンバイン高校銃乱射事件を扱ったケロッピー前田氏の記事に、かなり印象のある文章があって・・・。
「この世は汚いと思ったとき、単純な純粋さを求めるほど残虐な人間の本性が露わになるのではないか。」
と・・・。
で、ケロッピー前田氏はコロンバイン高校銃乱射事件だけではなく、ISも挙げていますがやはり世の中に対する昇華のやり方として、考えてしまうものはあります。
そこを健全な良識を持っている人間が、「単純な純粋さ」 を正義や告発として作用させる事も出来る訳で、問題なのは、その辺りを暴力に見出す人間ではないかと思います。
西鉄バスジャック事件や神戸の児童連続殺傷事件、池田小学校事件などのように、間違った方法で純粋さを求めてしまったどうしようもない人達が存在し、社会に馴致される方向で純粋さを求めるのであればよい・・・という感じです・・・。
ですが、ケロッピー前田氏の指摘通り、ストレス社会に晒されている中、地道に生きるよりも大事件を起こして派手に散った方が有利だ・・・と思わせる土壌もでき上っている恐ろしさがあると思うんですよ・・・。小田急の事件があってから、一時コピーキャット犯罪が続出したみたいに・・・。勿論、私はそうじゃありませんけど・・・。