カテゴリ

2026年7月31日金曜日

マジかとは思う

 今、地震のニュースをネットで見ていて、マジかとは思いますね・・・。

マジなんだよな・・・。なお、僅かですが募金はしました・・・。なんか胸が痛むな・・・。 

2026年7月30日木曜日

大変な事になってますね・・・

 まぁ・・・熊本が大変な事になってますけど・・・。イオンモールか・・・。なんで10年というタイミングで起きるんだろう・・・あんな事が・・・。

こういうニュースを見る度に、何か山本 弘氏の『神は沈黙せず』というSF小説を思い出すというか・・・。 こういうの(東日本大震災の時でも、『天を恨まず』という中学生の答辞が注目を浴びたように)って、試練とか愛とかいって、何とか意味を見つけたい気持ちにかられますが、神は天地創造をする程の天才が故に、コミュニケーションがお互いに不可能な異質な存在・・・と割り切った方が、ラクな場合もありますよね・・・。

それは俗流のニヒリズムではなく、『神は沈黙せず』のラストで、主人公が出した決断である、「正しく生きる」事自体を報酬として生きる・・・みたいなものだったりするんですが・・・。 

2026年7月29日水曜日

ちょっと保留にしますね

 まぁ・・・昨日あんな地震があったんで・・・それさえ無ければ、馳 星周氏の『少年と犬』の長ったらしい感想を今日投稿しようか・・・と思ったんですが、やめときます・・・一旦保留にするんで・・・。内容が内容故に・・・。だからちょっと日にちが経ってから、適当なタイミングで出そうかと・・・。なんか飛行機が乱気流に巻き込まれた時も、ちょうどああいう感じだから嫌なんじゃ・・・。

また10年前、前おった家(佐伯区内でした)がかなり揺れて、翌日熊本の惨状を目にして絶句した記憶が蘇ったじゃないか・・・。

今日はこのくらいにしときますね・・・。 

2026年7月28日火曜日

『給食のおばちゃん:異国の友』を読みました

 これは1巻(すみません、そっちのレビューが書けてなくて)から読んでいるのですが、山口 恵以子氏の児童書『給食のおばちゃん:異国の友』を読みました。

管理栄養士の昼間 明子が全国の小学校を渡り歩き、ご当地の食材で子供達に魅力ある給食を提供し、そこに子供達が抱える問題が巧みにリンクしてくる・・・という内容なんですが、今回は、なんと私の地元である広島です。しかも、広島焼が出てきます。広島故に、多くの作品では(単なる)平和教育的な内容になってしまいがちな所に、サンフレッチェという広島の「今」を舞台に、移民がどのような問題に直面しているか、その課題解決にはどうすればいいかという話が、(こうした事を題材とした児童書が、陥りがちなワナですが)独り善がりの説教ではなく、読者をその捌け口にしないような描き方がされている事に好感を覚えました。

作中では、イスラム教では豚肉がNGという壁に、昼間がぶち当たりますが、同じように日本だって他国からこれまで同様の同情や配慮を受けてきたはずです。それを当たり前だと思い、日本は世界で一番愛されていると自惚れながら近隣諸国をディスる風潮がある今日、結構考えさせられるエピソードでした・・・これは・・・。

そして、次に印象深かったのは、福島県の郡山市を舞台にしたエピソードです。

一応、おさらいとして(皆が知っている通り)福島県は東日本大震災の被災地である事が書かれていますが、ストーリーの展開は震災と原発事故絡みではなく、今を生きる子供がみな感じるだろう悩みをベースにしており、ダイエットのために食べたものを吐き始めるシーンは、思わず、同様のテーマを扱ったスティーブン・レベンクロンの『鏡の中の少女』と『鏡の中の孤独』という小説を思い出しました。

広島のエピソードでも、昼間が平和記念公園を訪れるシーンが最低限書かれていますが、それをメインテーマにしなかった事に、山口氏の潔さを感じました。その辺りは福島のエピソードと同じように、作家と読者の間で必要以上のコンセンサスが得られやすく、結果として問題提起と告発だけが独り歩きしているような作品も見られます(故に、評価されやすい)が、敢えてそれに背を向けて普通の少女を描いた事は、震災や原発事故をちらつかせるよりも難しいし、だからこそストーリーとして成立している・・・と思いました。

ですが、ここは重箱の隅をつつくようですが、「昔は東京も網の目のように路面電車が走っていたものだが、今は都電荒川線、別名さくらトラム一本になってしまった。」(27P)という文章がありますが、実は・・・東急世田谷線はどうなんでしょう・・・とうっすら思いました・・・。ただ・・・荒川線と違って・・・世田谷線は併用軌道(一応、そういう形で道路を横断する区間がありますが)が無いからな・・・。 


2026年7月27日月曜日

掌返し

(最近、ちょっと内容を描き直しました) 

まぁ・・・昨日の文章で『みい山』のアニメ化について「いっちょ噛み」したわけですが・・・。俺は個人的にそういう商法は大嫌いですが、これで反対派が有利だとわかった瞬間、今までは肯定的な声(「障害者を美化せずにリアルを描いている」・「当事者を理解するチャンス」等)が多かったのに、今は大量の批判が吹きあがってきている状況・・・XでもBlueskyでも・・・。

何か七都 にい氏の児童書『ふたごチャレンジ!』の2巻でも、そういうのって痛烈に皮肉られとったと思います。最初は双葉姉弟がクラスで攻撃されよったのに、学芸会の準備に反抗的な態度を取る吉良 辰紅をみんなが標的にし始めるという、掌返しの団結を思い出したというか・・・。

七都氏の作品を、こんなガラの悪いネタの引き合いに出して、本当にすみませんとは感じますが・・・。

まぁ、話は変わりますがまた、七都氏がみらい文庫で作品を出されるようで・・・余裕があれば、ちゃんと『オレらは絶対だまらない:サイコーな毎日をとりもどせっ!』は買いたいです・・・。 

何かこういう流れって、今度は作者や講談社、アニメ制作会社等が「みいちゃん」(のようにヘイトを向けられていく立場)になるんじゃないか・・・そんな居心地の悪さがあるというか・・・。

 

2026年7月26日日曜日

皆さんのいっている通りです

(ちょっと感情的すぎたんで、大幅に内容を削りました)
 何か今日、『みい山』のアニメ化が決定したというポストを見たんですが、何で(よりによって)相模原事件発生日にそういう事をポストするのか・・・という意見を見て、尤もじゃん・・・と思います・・・。炎上狙いじゃない・・・あの事件を知らんから最悪のタイミングで・・・というのが真相かと・・・。

で、もうこれは皆さんのいっている通りかと・・・。正直、何を今更感があるし、散々ああいう露悪表現をみんなで持ち上げ取ったクチじゃんとは思いますが、何かシュテルマーを流石に嫌いよったナチスの高官みたいだなぁ・・・。

最近、野田 正彰氏の『戦争と罪責』を読んでるんだけど、こういう騒動を見てると、何かやっぱり「ああいう系の開き直り」って、地続きだよな~と感じてる訳です・・・。

しかしながら・・・こうやって問題が不特定多数にいわれはじめた時だけ、グダグダ『みい山』についてしゃべってる俺だって、同罪じゃねーかという気が・・・(泣) まぁ、暑い時だし感情的になっちゃ部分もあったかなーと・・・(汗)

2026年7月25日土曜日

『ルポ 被爆2世』を読みました

 この文章で、小山 美砂氏の『ルポ 被爆2世』を読んだ感想を書きたいけど、暑さのせいで・・・みたいな事を書いてましたが、今はある程度大丈夫なので、やっていきたいと思います。

まぁ・・・自分の祖父もぶっちゃけいやぁ入市被爆しとるんで、手帳を持っていました。で、施設(地元の広島交通科学館とか、安佐動物公園とか)に入る際にそれを見せてたのを、よく覚えてます。

何か・・・正直にいうと自分がずっと大学に行くまでは広島の中で暮らしてたので、殆ど広島出身だからという理由で差別は受けませんでした・・・年月も経っていたからかな・・・でも、ネットを探せば、もっと酷い情報にぶち当たるんでしょうけど・・・そこで、何か『ルポ 被爆2世』の中で、1976年に自民党の議員がこういうとったんですね。

「原子爆弾の被爆者の人たちを絶滅するにはどういう方法をとらなければならないか。(中略)そうしますと、永久的に被爆者の援護を続けていかなければならないとということになりますると、依然もって戦後は終わらなくなりますので、これを絶滅する何らかの方法はないかどうかということです」(122P)と・・・で、 さらにこの議員は毎日新聞の記者にその発言を問われた際「被爆者には治療を続けさせ、都は、優生保護的な見地から、完治するまでは子供を持たせないような行政指導をすべきだ」(124P)といい放ってるんです。これが今ならネットで即炎上するレベルの発言だし、同時にXみたいな場所では、「よくぞいってくれた」と賛同されるでしょう。「オタク差別」にいつまでもしがみついている人々を中心に。

この文章の初めに私は、「差別は受けた事はない」と書きましたが、外部からの目線が必ずしも善意じゃない事も薄々理解していました。例えば、赤瀬川源平が提唱した「トマソン」という概念でも、原爆被害を茶化すような表現があったし(この文章でもかなり言及しています)、最近でも「ケロカス」というカープのサポーターを侮辱するようなネットスラングが問題になってました。 

同時に、(被爆者をルーツに持つ)私達だって、誰かをそういう目で知らず知らずの内に見ているかもしれません。あの議員みたいに、「アイツは社会のお荷物だから、子供を産ませるな、安楽死させろ」みたいな・・・。実際に、旧優生保護法という悪法が平成の世まで存続していた事を考えれば、この国の人権意識は予想よりも低いのかもしれません。私達を含めて。

こういう所から、『ルポ 被爆2世』は単に核災害のみに焦点を当てているだけではなく、読んでいる内に差別する側を思いやっているつもりになっている私達も、また差別する側になっているのではないか・・・という問いを突き付けられているような本でした。 

現在、サブカル的な露悪が一般商業にも進出しており、デリケートな概念を土足で荒らすような表現がネタとして許されるような風潮がありますが、冗談が許されない話題は断固として真面目に扱わなければいけない・・・そういう思いも抱きました。

2026年7月24日金曜日

暑くなりましたね

もう・・・セミが鳴き始めたし・・・廊下にもおったよ・・・セミが・・・。

早く10月になって欲しいです・・・。 

2026年7月23日木曜日

つきあう人は選ぼう?

 まぁ・・・絵本作家ののぶみ氏なんですけど、絵だけ見ればのぶみ氏は好きなんですよ・・・郷田 マモラ先生の『モリのアサガオ2』も、新刊が出れば買ってるし・・・。

正直、私よりもかなり絵が上手いと思います、のぶみ氏は・・・。何か背景の抜き方のバランスとか、陰影とか、あれってかなり鍛錬しないと自然に見せられるものじゃないなと・・・。

のぶみ氏を巡るアレコレのバッシングも、のぶみ氏というわかりやすい問題を備えた藁人形が存在したから、前者を口実にして炎上に燃料を投下しているだけの部分ってあると思いますし・・・。

ですが・・・やはりそうした議論にも一定の正当性はあると思うんですよ・・・のぶみ氏が『胎内記憶図鑑』を出版し、それから佐々木 禎子氏を題材にした絵本『ほんとうの願い:折り鶴にこめられた禎子の祈り』が出版されて・・・。 その巻末に、安倍 昭恵氏と(佐々木 禎子氏の甥である)佐々木 祐滋氏、のぶみ氏の鼎談が収録されているんですが、この文章のタイトル通り、つきあう人の選び方について、思わず考えてしまい・・・。あとがきを読むと、もともとのぶみ氏が安倍 昭恵氏からLINEで本作制作のお誘いがあって、佐々木 祐滋氏が監修を務めたという形になっているという感じで・・・。

やっぱり、うまくはいえないんですが、安倍 昭恵氏にしろのぶみ氏にしろ、危ういものを結構孕んでると思うんですよ。何かスピリチュアル系における数々の「やらかし」いえ、「やらかし」以上の問題を思うと・・・。そして、この辺りから安倍 昭恵氏はファーストレディーとして、かなり重大な立場への自覚と責任が無いような行為も散見されており、森友学園問題という国政レベルスキャンダルに関与しているような人物ですよ?ですが、被害者遺族としてはきっちり同情はしています・・・。

そこに被爆者の親族がやすやすとアプローチするのは、正直どうなんでしょうと・・・。絵本の内容自体はそんな変な誇張は無く、史実に即していたとは思いますが、やはりこっちも特定の政党や政治家と個人(あるいは民間の組織)がパイプを持つとロクなことにならん・・・という事は思い知ってるんで・・・。

これって、(被爆地においては)タブー中のタブーだとは思うんですが、被爆者としてのルーツがある分、(私であれ他人であれ)一定の独立性やリテラシーは持つべきだとは思います。(私は自民党や維新の会に投票してはいませんが)「自民党支持者は頭おかしい!」と騒ぎたい訳ではなく、気づいた時には引き返せないくらい取り込まれてる・・・そういう危険性がマジであるし、日本どころか国際的にその名が知れ渡っている佐々木 禎子氏の知名度を考えたら、やっぱり一定のディスタンスは取るべきじゃなかったのか・・・と思います・・・。そこら辺の被爆者手帳所持者とは違うんだから・・・。

何か・・・ああいう人達と不用意に関わったら、何かあった時に紐づけて騒がれるリスクはあると思うし、佐々木 祐滋氏個人の問題では済まなくなる恐れがあると感じてます・・・。佐々木 禎子氏のデリケートな有名性を考えると、下手すりゃ死人の尊厳に泥を塗りかねない・・・そんな危惧も頭をよぎっています・・・。 

2026年7月22日水曜日

逆張りのうんこ

 まぁ・・・最近うんこ人狼みたいな児童書を見てから、やっぱり男の子はそういうの好きだよな~とか思ったりするんですよ・・・自分だって、『クレヨンしんちゃん』とか『まことちゃん』、それから、『Dr.スランプ』みたいなものを読んでゲラゲラ笑いよったし、小学生の時は年下の友達と一緒に「おっぱい」とか「ちんこ」とか叫びよったしなぁ・・・。

で・・・まぁ最近逆張り的なお気持ち表明が続いとる感じがせんでもないし、ジェンダー的な話になっちゃいますが(これは、男女間の生得的な感性の違いを、道徳にしろとかいう話じゃないです。念のため)、やっぱり・・・何かそういう類の冗談を口にする時って、私達はつい女性(女の子)とか、下ネタが嫌いな人の存在を忘れちゃうよね・・・と思うんです・・・。漫画やアニメとかはある意味「棲み分け」ができてるけど、児童書は男女平等等価に作品が提供されている部分はあるわけで、そこら辺リスクが高まるよな・・・と・・・。

まぁ・・・西本 鶏介氏もかつてポプラ社の公式サイトで連載していたコラムで、児童書の排泄物ネタに批判的なコメントをしてましたけど、やっぱり(学校で)大便を漏らすっていうのは、いじめやからかいの理由になりやすいし、胃腸の病気(家族性アミロイドポリニューロパチーみたいな。『死役所』で知りました。恥ずかしながら・・・)で排泄のコントロールが難しく、排泄物を漏らしやすい人もいる訳で・・・。だから、素直に笑えん自分がいるんです・・・正直・・・。身近にストーマつけてる人がいるのもあるし・・・。

だからといって「児童書でうんこうんこいうのはけしから~ん!」といいたいわけじゃないです。うんことかしっこみたいな冗談は(いい年して・・・)私も好きですし。ですが、その冗談の性質上、ハラスメント(特にセクハラ)とかいじめとかを正当化してしまう危うさが、正直潜んでるんじゃ・・・と思うんです・・・。

なんか・・・この記事でも同じ事は書いてありました。「(2013年当時における)最近のアメリカ映画のコメディ映画は、とても下品に感じられる」と・・・。リンク先の記事を読んでみた上で考えて貰いたいんですが、やっぱり何か、加害者意識は持っていたいよなーとか感じたりするんです・・・。 

今日の文章・・・全投稿の中で、一番うんこと書いてるような気がするよ(汗) 

 

2026年7月21日火曜日

小山 美砂氏の本

 何か、小山 美砂氏の『「黒い雨」訴訟』に続き、『被爆二世』を買ったんですが、今日はもう暑いんで感想を書くスタミナがねぇ・・・。

後日にさしてください・・・明日も日中役所に行かんといけんので・・・。 

2026年7月20日月曜日

またこの手の話ですか・・・

―物語に優劣なんてない。勝利も敗北もない!(中略)ただそこには、想像の翼を広げさせてくれる美しい言葉が綴られているだけなの。どんな物語もその素晴らしさは変わらない!

                        相沢 沙呼『小説の神様』より

何か最近、小学6年生でも絵本しか読めない異常事態がどうたら・・・みたいな記事を読んで、正直「またか・・・」という思いです・・・。まぁ、講談社のサイトだったしなぁ・・・。でも『4つごのまじょとすてきなちかしつ』と『4つごのまじょのおかいもの』いう絵本を最近買ったので・・・という感じですが、絵本が好きな子供っだっているでしょうに・・・。正直、(最近の例でいえば「ドパガキ」、「倍速視聴」でしょうか)こういう若者とか子供とかをターゲットにして、「○○ができない」と煽って金にするのは何度目だよ・・・と思うわけです・・・。
それとね・・・寮 美千子氏の著書『空が青いから白を選んだのです』とか『あふれでたのはやさしさ』だったみたいなものを読むと、世の中には(寮氏のような作家の活動で)絵本や児童書が、そこから断絶されていた人間の切実な叫びを、(まさしく芸術の使命として)どれだけ剔抉・昇華させていくのかを考えたら、この記事の内容にはどうしようもないさもしさを感じるというか・・・。それと、被害者遺族である入江 杏氏も、ご自身の活動(あの経験から他者の痛みを救済する為に)に絵本や童話を積極的に使われているわけであり、「絵本しか読めない小学6年生論」というのはいささか有害な先入観といえるでしょう。

それと、毎回「本を読めない若者」という(はっきりいえばヨンデミーみたいに)「モラル・パニック」を煽って宣伝するような団体がいますが、飯田 一史氏や赤木 かん子氏がそうした神話には痛烈に楔を打っていたはずです。ですが、子供の読書量が減っていないにしても、こうした議論は読書が苦手だったり、ディスレクシアだったりする子供を無自覚に傷つけてはないか・・・そんな懸念もあって・・・。 

で、この公開日記では何度か取り上げているレジ―氏の『ファスト教養』ですが、児童書や絵本を「偏差値を上げ」て、「難関校に合格させる」事が(記事の)テーゼになっているのは、正にそういう匂いがプンプンするというか・・・。近視眼的な利益の為に教養が矮小化され、粗末に扱われていると・・・。藁人形論法になっちゃうけど、『杉森くんを殺すには』とか『ハッピークローバー!』とか、そういう目的じゃない本もあるはずで、ただ功利的な目的で読んでも、為にはならんでしょ…と感じます・・・。

確かに、ヨンデミーの代表取締役である笹沼 颯太氏の指摘通り、ショート系のコンテンツは児童書にも存在していて、「5分で読める」とか「3分で驚きの結末」みたいなアンソロジーが雨後の筍のように出現しているのは事実でしょう。 ですが、(記事を見た限りでは)統計といっても詳しいソースやリンクは貼られていないし、感情的な分断や格差を煽り、児童書や絵本を餌にしているに過ぎないのではないかという疑念があります。上にも寮氏について書きましたが、寮氏は『あふれでたのはやさしさだった』で、「絵本は子供だけが読むものではない。子供からでも読めるものだ」と書かれていましたが、『りんごかもしれない』(それ位の認識でヨシタケシンスケ氏とブロンズ新社に喧嘩を売ったんですかね?)という絵本が小学生に人気だという「事実」に、笹沼氏が「読解能力が落ちている」と腐す事への強烈なカウンターになっていると思います。まぁ、見方を変えりゃあれは絵本蔑視にも見えるし・・・。

確かに教養が無いに越したことはないですが、適当なモラルパニックに紐づけた、格差煽りや分断煽りの燃料に自分の好きな絵本や児童書が食い散らかされているのを見ると、何か悲しいなあ・・・と感じます・・・。

喧嘩を売ったといえば・・・自分も足りん情報でお気持ち表明何度もすることあるから…この公開日記で・・・ワシは同罪じゃ(泣)それと、ランキングに『東京deep案内』とか『言ってはいけない』があればそりゃ流石に衝撃を受けて騒いでいいと思いますがね(汗) 

 

 

2026年7月19日日曜日

◎「METAL WORKS-金属とメカニカルの共演-」にお邪魔いたしました

 飯村 武志氏の個展「「METAL WORKS-金属とメカニカルの共演-」(会場:アエル ベース様)にお邪魔いたしました。元から乗り物系のイラストや絵が好きだった身としては、すごく興味があったので、バイトの合間を縫って、東京まで行きました。

下に、その様子をアップいたします。


 

 

このように、小ぢんまりとした会場の中に、車のエンジンやシェルビー・コブラ、ランボルギーニ・カウンタック、そして、ダッジ・ヴァイパーなどが描かれた絵画作品が並んでおり、下に置かれたミニカーが、かなりいいアクセントを出していました。殆どの車は暖色系を背景とした鮮やかなレッドで、メタリックな質感が命の車のリアリティを、実物以上に捉えているような迫力がありました。それは、車だけではなく、あの手の車が有する大排気量のエンジンが、エンジンフードを透過されて、今にもシリンダが上下し、爆音すら聞こえてきそうなタッチで描かれているからだと思いました。
余談ですが、マキタスポーツ氏の著書『一億総ツッコミ時代』(私は講談社文庫版も星海社新書版も持っています)の5章において、「真っ赤なスポーツカーは、ベタだけど「強い」」というサブタイトルがあり、その強力性と美学に圧倒されていたというか・・・。
やはり、好きでそれを描く作家さんがおられ、自分はまだまだかなわん・・・と痛感しましたが、ほぼ同時にスタッフの方を始め、アエル ベース様へお越しになられた作者の飯村氏とお話をする機会があり、かなり貴重な経験をさせて頂きました。やはり同じ乗り物に関係している身だと、知らない事が知れてかなり新鮮で・・・!

そして、絵葉書も販売しておられたので、ジービーレーサーとかポルシェ911(初代)の絵がプリントされた絵葉書を買わせて頂きました。

この度は、本当に貴重な経験をさせて頂き、会場で出会った皆様に、心から感謝を申し上げたい気持ちです。

 

2026年7月18日土曜日

『放課後チェンジ!』を読みました。

 まだまだ、シリーズの第1巻ですが、藤並 みなと氏の児童書『放課後チェンジ:世界を救う?最強チーム結成!』を読みました。

何か中学1年生の4人組が、ひょんなことから謎めいた指輪をはめると、何と、猫や犬、鷹に変身できることになりました。当然、飛行できたり素早い動きができたりと、それぞれの能力を使えるんですが、指輪がどうしてか外れなくなり、その為には・・・というのがおおまかなストーリー内容です。まぁ・・・ポール・ギャリコ氏の『ジェニィ』とか矢玉 四郎氏の『おばけうんどうかい』とかみたいに、人外(への変身)と人間への回帰という、肉体の二重化とそのジレンマを巧みに(そしてエンターテイメント性たっぷりに)描いた作品は数多くありますが、本作もその一つに数えられるでしょう。最近の例でいえば、ケヴィン・スペイシー氏が主演した映画『メン・イン・キャット』もそうでしょうか・・・?

そこに、悪霊とのバトルアクションやいじめなどのソリッドでシリアスな要素を持ち込んでいる事で、猫や犬が出てくる話にありがちな、ただモフモフ癒し系となっていない所がいいと思いました。特に、まなみがいじめの加害者にブチ切れる所は、溜飲が下がる思いで・・・。

で、この文章で私が書いた事ですが、宮下 恵茉氏の『トモダチブルー』という児童書があります。で、何か子供同士の対立やいじめみたいなものを、(「みんなでヒリヒリしましょう!」みたいに)大人の立場から面白がって傍観(あまつさえ燃料投下)するようなコメントを、宮下氏のXでチラチラ見ている身としては、こうした悪や病理を被害者の立場で良識に則った処理をする、『放課後チェンジ』のような妥協なき姿勢は本当に大事だなーと感じています・・・。

まぁ・・・動物を癒しの甘さありきではなく、そこに社会問題やシリアスさを絡めてくる所は、タニヤ・シュティーブナー氏の『動物と話せる少女 リリアーネ』シリーズを思い出したりしたんですが・・・。 

2026年7月17日金曜日

撮影が困難な電車

 日本で一番撮影が困難な電車というと、やはり京都市営地下鉄東西線が真っ先に挙がります。

乗り入れている京阪線の電車は当然地上に出るので違いますが、問題は京都市営地下鉄の50系電車です。 全線が地下でアストラムラインのようなフルスクリーンタイプのホームドア完備、なので結構撮影が難儀というか・・・。車両基地も地下だしなぁ・・・。

で、私が小学生時代に持っていた図鑑では、地上で撮影された50系電車の写真があり、かなりレアなシチュエーションだなと思います。

そして、京津線の電車にもかなり感じる事はあります。 地下鉄乗り入れに急勾配対応、更に併用軌道まで走らなくてはいけないので無茶苦茶製造費が高くついたと・・・。正直に書くと、京津線は地下鉄乗り入れ路線としては、かなりバラエティに富んでいると思います。だから結構乗っていて面白いというか・・・。

2026年7月16日木曜日

ケロカス

『しょせん他人事ですから』という漫画で、野球選手への誹謗中傷をテーマにしたエピソードがありました。今まで、本作の加害者は更生したり、救いがあったりしましたが、あのエピソードだけはネットの誹謗中傷者のリアルをかなり描けてたかと・・・当然、本人はわかっていないというだけで、罰は用意されていました・・・。

そこから、「ケロカス」というネットスラングについて話していきたいと思います。

「ケロカス」は、カープのファンを中傷する際に使われるものですが、その語源はかなり悍ましいので自分で検索して調べてください。まぁ・・・正直8月6日って、広島から遠くなるにつれて、知らん人の割合ってどんどん多くなる気がするんですよね・・・8月9日と同様に・・・。東日本大震災だったら、発生日時はいつかは誰でも瞬時にいえるというのに・・・。

この辺りで私もかなり罰当たりな事を書いちゃいますが、もし原爆投下に東京が選定されていれば、見方は違ってきたんじゃないかと思います。多分、誰でもその日を覚えてるかと・・・。だからこそ、3月11日や9月1日も、東京事として社会問題へと波及したので、日本国民全体の心理的外傷みたいに残り続けてるんじゃないでしょうか? 

話がずれましたね。で、ケロカスに話を戻しますが、誰でも酷い目に遭って見なきゃ相手の心理はわからん足りなさってあると思います。ですが、正直祖父も入市被爆している身(実際に被爆者手帳を持っていた)で、ケロカスとSNSに打ちこんだ人間にそうなれとは思いません。「ああ、そうなんね」で冷たく終わらせたいです。安里 アサト氏の『エイティシックス』でも、被差別者の一人であるライデンが報復について色々いってましたよね?何か、相手に同じ事やったら相手と同じになる・・・みたいな・・・。

ですが、私は気高く生きる事が報復だというような立場じゃ到底なく、その影響を制度的にどう最小限に留めるか?ケロカスみたいな言葉の使用、あるいは誹謗中傷に対してスティグマや恥の感覚を、小さい時から教えていくしかない・・・という地味で味気ない答えに縋るしかないんです・・・。 

まぁ・・・やっぱり色々考えとって、例えば中国大陸からの引き揚げやシベリア抑留の過酷さばかりが語られがちですが、自分全体が住んでた場所で中国人に何をやったかをあまり考えられん(&反省)のと同じで、同じ目にあってもわからん人はいっぱいいます。
だから報復や怒りという「投資」は確実性が乱れる(『コブラ』という漫画でも、「確実性の無い投資は嫌い」というようなセリフがありましたよね?)もので、パチンコや競艇みたいなもんかなと・・・そういう人を相手にした場合は・・・。

加えるなら、俺もプライベートじゃ(親とか知人とかと喧嘩になった時)センシティブな事に対して酷い事いってるし、必ずしも相手を責められんのだよなぁ・・・(泣) 

2026年7月15日水曜日

毒親のインフレ

 まぁ・・・10年位前ですかね・・・田房 永子先生の『母がしんどい』という漫画や、信田 さよ子氏の『母が重くてたまらない:墓守娘の嘆き』みたいな本がかなり売れとった・・・と思うんですよ・・・こうした親が子にいつまでも過干渉を続けて押しつぶされる事を、虐待として認知させた土壌は、そう、スーザン・フォワード氏の『毒になる親』という本じゃないでしょうかと・・・。それが縮められ、「毒親」という形で心理的虐待や機能不全家族(における加害者)を指すスラングになったのは、知っての通りだと思います。

そして今日ですが、「毒親」とか「毒母」とかいった言葉で、特に母から娘への攻撃的なアプローチを告発するコミックエッセイや手記は星の数ほど出版されていますが、あの語源を知っている人が、どれほどいるのか・・・という感じです。個人的には、何か一般的な(親子間の)対立や意見の相違まで「毒親」と一括りにされてないか・・・?と思いますし、虐待行為ではない問題ですら「毒親」認定されて、結局誰かが割を食ってるし、正しい問題解決になってないんじゃないか・・・?という懸念がうっすらあるんですよ・・・。

で、フォワード氏の『毒になる親』でも、親への糾弾ありきではなく、そこからどうリスタートを切っていくかがちゃんと指南されていたと思います。それと、被害者だからといって何もかも受容して慰撫するのではなく、大人として他者に取るべき責任をちゃんと書いていましたし。 
ですが、後発の毒親系メディアというのは、こうした「不都合な部分」がばっさりカットされ、(自分を支配欲の捌け口にした)酷い親や異常者への溜飲を下げさせるだけのものが、結構多かったです。結局は傷の舐めあいにしかなってないというか・・・。それと、「母VS娘」みたいな、換金化しやすいわかりやすさを追うあまり、「毒親」問題にもジェンダーの壁が半ば正当化されてるかと・・・。

そこから、「教育虐待」が武蔵大学の教授である武田 信子氏の発表である事もわからないのと同じで、「毒親」は「教育虐待」とセットで第3者が当事者の切実な問題を見世物小屋感覚(でも、読者からは「勉強になった」とか「真実を描いている」と持てはやされるような)で描いているような露悪系マンガも結構見ます。オバサン達の井戸端会議感覚でね・・・。
また、明らかに専門知識がない人間や、無責任な専門家等がネット上で「毒親チェックリスト」みたいないい加減なコンテンツを乱造する事態も、その歪曲と混乱に拍車をかけてるんじゃないでしょうか・・・?

私自身、心理だろうが肉体だろうが、虐待行為は絶対に許してはいけないと思いますし、被虐待者が声を上げるのは当然の事だし、社会が目を背けるのは許されないでしょう。ですが、 今の状況を見るにあたり、「毒親」とか「教育虐待」みたいな言葉から距離を置いた方が、あるいは別の文脈で語った方が、より真面目に子供達の受難やセーフティーネットについて語れるのではないか・・・そう感じています・・・。

やっぱりああいうの、福祉について真面目に考えず、興味本位のコンテンツとして持て囃されてるだけじゃんと醒めた目で見てる自分がいるもので・・・。 

2026年7月14日火曜日

ドパガキはどっちか

 最近、「ドパガキ」なる言葉をネット上で目にしますが、何か・・・こっちだってもうすぐアラフォーでも、平成生まれとして足りん部分は色々あるなという事は承知ですが、何かそれ以上と見られる年齢層が「ガキ」という言葉を使う意味を考えちゃいます・・・。

それに、この記事が「ドパガキ」問題の真実を一番説明していると思いますし・・・。問題はもう「最近の若者は・・・」という嘆きで済むものではなく、ネットと癒着した中高年層のガラの悪さが、露呈している事じゃないかと・・・まぁ、私も腹が立ったらプライベートで時々酷い言葉使っちゃうし、「Z世代」の方が遥かにマシかと・・・。

これはもう、正直に書いてしまうし、語弊もある事は自覚の上ですが「ドパガキ」的な文脈でいえば、高齢化したねらー層とかオタク層(とそのコンテンツ)じゃないかと思うんですよ・・・。リンク先の記事が指摘している通り、炎上をベースとした政治系の動画、自己啓発、恐怖を煽る広告など・・・そこら辺から、ネットにおける中高年層の社会派的な発言が、結構酷いなと感じる事が、かなりあります。(ここからは個人的な意見になりますが)つけ加えるなら、センシティブな分野で悪意や害意を投げつけ、表現の自由と開き直っているのは若年層じゃないと思うんですが・・・。

雑に書きましたが、やっぱり世代間対立って(まとめるのが)難しいねと・・・。 

2026年7月13日月曜日

『ハッピースイーパーアワー!』を公開しました

 かなり遅くなりましたが、BOOTHで自作小説『ハッピースイーパーアワー!』を公開・販売しています。よければどうぞ手に取ってみてください。よろしくお願いいたします。

挿絵や表紙絵、口絵なども自分で描きました。まぁ・・・何ていうのか、ストーリーは架空の国を舞台に展開する風刺系SFで、何かコロナに対して「働き方改革がなされたのはよかった」とか「個人の在り方を考える、またとない機会」とかいった(現実を直視しない)歪んだ美化をちょくちょく見てるんで、なんか楔を打っとかな・・・という感じで書いてます。

BOOTHの商品紹介のあらすじでもそういう事書いてるんで・・・紙版は、また展覧会があった時に・・・という感じです・・・保管料の話もあるから、ドケチですんませんなぁ(汗) 

 

2026年7月12日日曜日

20%の人々

 セブンイレブンに入ると、天海 祐希氏のアナウンスをよく聞きますが、真っ先に私は「女王の教室」というドラマを思い出します。それ程天海氏の演技が強烈だったから・・・でしょうね・・・ストーリーと併せて・・・。

で、「女王の教室」では、天海氏が演ずる教師、阿久津 真矢が序盤で「どんな立派な会社でも、真面目に仕事をしているのは全体の30%で残りの50%は何もしてないのと同じ、そして、残りの20%に至ってはみんなの足を引っ張っている」というようなセリフがあります。

で、これはネット民の一人としての自戒も込めて書きますが、ネットにおける20%における場所が、まさにはてな匿名ダイアリーだったり、Xやtogetterのコメント欄だったりするんじゃないかとよく思うように・・・。 

玉石混合ではなく、石の方が多いはてな匿名ダイアリーですが、結構良記事も見つかったりするんで、簡単に否定はできない側面もあるんですよね・・・「オタク差別を批判することを、やめることにします。」は、マジで名記事だと思うんで・・・。 

2026年7月11日土曜日

暑くなりましたね・・・

 なんかどんどん暑くなってきてます・・・。今年も夏を乗り切れるのか・・・。

「コロナのおかげ」って、リモワ出来んかった身としては何と世間知らずで罰当たりな言葉か・・・と思うよ・・・。正直、リモワ出来てそれがストレス・・・というのも何か贅沢だよな・・・とも・・・。

今日はこれくらいにしときます。疲れてるんで・・・。いや、これで疲れたといったらいけんな(汗)もっと努力しとる人もおるから・・・。 

2026年7月10日金曜日

左派版T4作戦

 最近、(岩波新書の『ルポ 貧困大国アメリカ』シリーズを読んだついでだし、比較的集英社新書は他の新興新書レーベルと比べると、結構治安がいいので)堤 未果氏の『堤未果の『素晴らしい新世界』:スマホで赤ちゃんを注文する日』を読みました。まぁ、生命倫理に照らし合わせた上で、結構グロいっちゃぁグロい事が色々暴露されてて、興味深かったんですけどやっぱり重い衝撃として残ったのは、安楽死を扱った4章ですよ・・・。
特にカナダで、(人の生き死にを他者が決めるという)そこら辺でマジギレすべき左派すら「個人の自由」とか「権利の平等」とかいった美辞麗句で死ぬ必要のない人すら死に追いやる事に諸手を挙げて賛成し、貧困層が安楽死の申請にまで追い込まれるような現状は、何か左派版T4作戦じゃないのか・・・?と感じたりもしました。

こういうの、新型コロナのパンデミックに基づく混乱が始まった2020年代初めに、都合よく肉体労働者や貧困層をダシにして政府(とその対応)を腐しながら、その口で「個人の解放」だの「働き方改革が推進されてよかった」だのと脳天気にいい放った反権力層を想起させるというか・・・。語弊がある事は十分承知ですが、やっぱりそういう世間を知らない理想論が、結果として当事者を抑圧している事に気づきもしない事という点では、共通点はあるかと・・・。

話がずれましたが、ここで本題に戻ります。こういう話になると、やっぱり「科学的正しさ棒」を持った人達が、「医療技術の進化に水を差す生命倫理学者VS理知的で真っ当な判断を下せる私達」みたいな二項対立で、藁人形論法を多用しながら反論してくると思いますが、本書は今の情報社会と癒着した医療技術が一線を超える様についてはかなり痛烈な告発はできていると思います。
ですが、やっぱり全体的に堤氏の危機感や怒りが前面に(そして情緒的に)出すぎて、上に書いたような逆張り系論客の攻撃に対する耐性や反論というと、ちょっと弱い部分はあるかな・・・?と思うので、そこら辺のカウンターも少しは欲しかったな・・・と正直思いました・・・。 じゃないと、ああしたIDW崩れみたいな層から「ホラ、やっぱり左翼のせいで死ななくていい人間が死ぬ事を防げないじゃないか!」みたいになるリスクがあると感じるので・・・。

2026年7月9日木曜日

QRコード・・・

 最近、自宅の最寄り駅に行った際、改札口の掲示板を見て唖然としました。

今まで、(大雨が降ったり、台風が接近している時とかに)列車の運行情報が詳しく書いた紙が掲示されていたのに、代わりにQRコードが印刷された紙だけが貼られているだけになってました。そんな手抜きをしていいのか・・・?JR西日本は・・・。

私だって、セルフレジでモタモタしている老人を見ると、機嫌次第ではイライラする事は正直あります。ですが、情報化社会がエスカレートする中で何が蔑ろにされているか、誰が犠牲になろうとしているか、そろそろ真面目に考えるべき時が来てるんじゃないでしょうか?これで切符もICカード化・・・みたいな話になったら、流石に私は怒るよ・・・。

昨日の文章でも書きましたが、重要なのは淘汰されずに生き残る事ではなく、淘汰される(といわれてる)側がどう救われるか・・・という話が一番大事なはずだと思います。その辺りにおける世渡りが上手い人たちが、格差や分断を過激な言葉で煽るのはもう嫌悪感しかないな・・・とも・・・。

すみません、QRコードからいつのまにかAI関係になっちゃいましたね・・・。 

2026年7月8日水曜日

プロンプト

 最近、noteにてとある作家の方が無料公開されていた小説講評プロンプトを使ってみました。ここなんですが・・・。所詮はアマチュアの小説オンチが書いたものなので、覚悟はしましたが、そこまでじゃなかったです・・・60パーセント位は褒めてもらいましたし・・・。

ですが・・・なんかこれでいいんかね・・・と思ったりします。正直、小説執筆の時には時折AI(GeminiとかGrokとかをメインに)に校正とかアドバイスを頼んだりしてます。いつのまにか、未だにガラケーを使ってる私も最新技術の波に呑まれている・・・そんな気がします・・・。これでいいんかねとは書きましたが、小説執筆や講評などでAIを使いこなすという事は、情報強者と化した小説書きが、(過剰なお人好しにも問題はあると思いますが)『イワンのばか』みたいに、ITに疎く愚直で地道な書き手を淘汰していくという、修羅の国と化した情報社会の現実が、果たしていい事なのか・・・そう思います・・・。『小説の神様』の千谷一也の父親を思い出しながら・・・。

実際に、AIというハイテク技術をダシに、AIを使ってラクしようとする情報弱者を口汚く罵倒し、 そうでない情報弱者には失業の不安を過激に煽るというインフルエンサーみたいな人を見るので、今後の議論(法整備やガイドライン制定も含め)が中庸かつほどほどになれば・・・と願っています・・・。安全圏から格差を煽って金にする連中ほど、最低なものはないと思うんで・・・。AI時代と聞こえはいいですが、結局都会のネオリベ的な人らが得をする事になってる部分もないか・・・とも・・・。

で、AIの講評プロンプトですが、こちらの記事(同じくnoteです)も、かなり考えさせられました。 そうだよな、ヤスリがけとして使うべきなんだよな・・・鵜呑みにするんじゃなくて・・・。結局物理的な教材と人に帰結せんと、ヤバいよなぁとも・・・。

 

 

2026年7月7日火曜日

京都カーストの件

 まぁ・・・運がよければ京都の美大に・・・とは思いますが、所詮はIFでしかない・・・。

で、何か編集長の方が京都カーストのアレについて謝罪文を掲載されていましたが、カーストの語源とかも併せ、はっきりあのサイトを実名を出してスタンスの違いを説明していたのは、かなり誠実だなと思いました。「 いわゆるdeep案内のような」と・・・。

こういうのって、やっぱり慎重にやらんと、灰谷 健次郎氏が『笑いの影』とか『兎の眼』でやらかした事と同じになってしまうんですよね・・・。

語源といや、水着のビキニも同じようなもんだなとも・・・。 

2026年7月6日月曜日

ソースはアレですが・・・

 ソースはアレなんですけど・・・実は、『昭和の謎99』という雑誌を持っていて、ちょっと前の号なんですよね・・・以前バイトしていた側にある、コンビニで買ったものなんですが・・・。で、なんかコロンバイン高校銃乱射事件を扱ったケロッピー前田氏の記事に、かなり印象のある文章があって・・・。

「この世は汚いと思ったとき、単純な純粋さを求めるほど残虐な人間の本性が露わになるのではないか。」

と・・・。

で、ケロッピー前田氏はコロンバイン高校銃乱射事件だけではなく、ISも挙げていますがやはり世の中に対する昇華のやり方として、考えてしまうものはあります。

そこを健全な良識を持っている人間が、「単純な純粋さ」 を正義や告発として作用させる事も出来る訳で、問題なのは、その辺りを暴力に見出す人間ではないかと思います。

西鉄バスジャック事件や神戸の児童連続殺傷事件、池田小学校事件などのように、間違った方法で純粋さを求めてしまったどうしようもない人達が存在し、社会に馴致される方向で純粋さを求めるのであればよい・・・という感じです・・・。

ですが、ケロッピー前田氏の指摘通り、ストレス社会に晒されている中、地道に生きるよりも大事件を起こして派手に散った方が有利だ・・・と思わせる土壌もでき上っている恐ろしさがあると思うんですよ・・・。小田急の事件があってから、一時コピーキャット犯罪が続出したみたいに・・・。勿論、私はそうじゃありませんけど・・・。 

2026年7月5日日曜日

パンクなんでしょうか・・・?

 何か、一部の貧困層とか(知的)障害者とかを露悪に描く漫画って、パンクなんでしょうかね・・・?いや、違うと思うが・・・。

『パンクの系譜学』という本を持ってますけど、それ、私の出身大学におる先生にいうたら、怒られて論破されるんじゃ―ないかと・・・。まぁパンク繫がりですが、ああいうのって、イギリスで労働者階級を「チャヴ」と呼んでドツキ回す風潮と同じなんですよね・・・。ヤニカスだのクズだのいって、溜飲を下げる藁人形を作って、ヘイトにデトックス効果を求めるというか・・・。最近、香山 リカ氏の『ヘイト・悪趣味・サブカルチャー:根本敬論』でもいわれとったけど、表現の自由がサブカルの暗部が余計に出すぎたという、「規制緩和」をやりすぎたんだと思います。個人的に・・・。だから、逆に疑問を呈すと「言葉狩り」だの「ポリコレ棒」だのといった逆ギレに発展するというか・・・。

Xの指摘通り、あんなのはパンクとか叛逆じゃなくて、スラムツーリズムだと思います・・・。出版不況かどうかはわからんですが、そういうのが商業ベースに乗せられとるのがちょっと異常かな・・・とも・・・。

 

2026年7月4日土曜日

封筒を買いました

 封筒を買いました。これでカンペキ・・・!

そういえば、今日は雨がすごかったです。傘を持っていかなくてはならない程の・・・。まぁ・・・新幹線の切符も買いましたし・・・。後は夜行バスの時刻を忘れちゃいかん・・・という事ですかね・・・。 これまでと違うんで・・・。

2026年7月3日金曜日

ちょっと封筒が欲しい

 封筒が欲しいんで・・・今からフタバ図書に行ってきます。

まぁ・・・『りゅうとあまがみ』の2巻発売が近づいてきてますが・・・特典をはよ知りたい・・・。 

2026年7月2日木曜日

『プログラムじゃありません!:トモダチとココロのつくり方』を読みました。

 葉月 灯里氏の児童書『プログラムじゃありません!:トモダチとココロのつくり方』を読みました。『クララとお日さま』や(こっちの方は殆ど実体がありませんが)『恋するA・I探偵』と同じように、人工知能搭載の少女型アンドロイド、マキナが語り手となっている作品で、自我を持つAIとかロボット系とかの作品では、よく書かれているテーマだなと感じました。こういう話は一つ足を踏み外すと陳腐化しやすいですが、クラスのいじめとかAIの技術乱用とかを、アンドロイドに絡めてかなり上手く書いているなと思いました。

マキナは他者の困りごとを察知して助け、併せて人の心理を学習する為に小学5年生のクラスに転校生としてやってきました。そこで、何らかの悩みを抱えていると思しき愛名という生徒をマキナは発見しますが・・・。

それ以降の展開ですが、いじめの描き方がかなり絶妙なんですよね。※1経済的に恵まれていない家庭への偏見だったり、※2加害者の吊し上げだったり・・・ですが、この辺りを単に興味本位のギスギスや露悪を垂れ流さず、後味が悪くないようにコントロールできている所にすごさを感じました。大体、いじめや貧困家庭というと、どうしても読者対象(=子供)を説教の捌け口にしてしまいがちですが、それが無い作品こそ、問題を告発していると思うんです・・・。

それと、今日GoogleやX、それからOpenAIなどから次々とAIがリリースされ、IT技術が私達の想像の上を行くデジタル環境に晒されている訳で、当然悪用の手段もテクノロジーの発達と共に巧妙かつ過激になっていく訳です。その辺りを人工知能を主人公として告発させている辺り、かなり深い皮肉を感じましたね・・・。 

こういういい意味での刺激的な要素があるからこそ、是非とも続きを読んでみたい作品です。

 

※1ネットでは普段から貧困家庭や生活保護受給者の側に立って政権を糾弾する割に、その口で(都合が悪くなれば)弱者を疎外してネタにするような人間が児童文学作家やその愛好家でも存在するので、登場人物の美玲のキャラクター造形は、そういう都合のいい善意とタメを張れる位の怖さがありました。

※2ここでも、『ともだち弁護士リッカ!:転校生は正義のミカタ!?』について書きましたが、愛名が 「だからこんな学級裁判みたいなこと、やめてくれる?」(124P)といってた通り、子供同士で裁判をやる事は、やっぱ美談にしちゃいかんな・・・そう再認識しました・・・。

2026年7月1日水曜日

7月になりましたね

 もう・・・7月です・・・。という事は2026年もあと7か月か・・・これを入れて・・・。

帰りの新幹線の切符・・・買わなければと思います。仕事じゃないですが、何か以前から気になっていたギャラリーがあったんで・・・。