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2026年9月30日水曜日

ここまで描けました

 ここまで作品を描けたので、下にアップします。


 まぁ・・・何ていうのか・・・緑の部分は予めアイビスペイントの下絵で塗ってた色より、ちょっと濃くなったかな・・・?という感じなんで、もしアレだったらアンブリーチドチタニウムをうっすら上に・・・というやり方も予定しています・・・。

それと・・・この作品だけでなく、更に来年の事で2作品同時に制作してるんで、もしかしたら、こっちが遅くなる可能性も・・・と・・・。すいません、計画性の無さ故に(汗) まぁ・・・メカの部分塗り終わればこっちのもんじゃ(笑)

そういえば、何かBlueskyのポストで反応したものがあったんで、明日くらいに書いとこうかな・・・と思います。あままこ氏のものなんですが・・・。 

2026年9月29日火曜日

標的艦

 ミリタリーに詳しい人なら、「標的艦」という言葉をご存じかと思います。すみません、私も最近知ったばかりだったので・・・(汗)で、こちらの話の蒸し返しになっちゃいますし、私は逆卷 しとね氏のあのあたり関係のポストにかなり同意をしてるんで、敢えてまた書こうか・・・と思います・・・。

で・・・何かこれは社会問題や災害全体を含んだ創作によくあるパターンで、自分の倫理的なジレンマを調整する為に、その当事者を創作して作品内のキャラクターに糾弾・激怒させた上、本人が絶望と無力感を感じる・・・という展開はよくあると思います。正に、今起きている事態に対するそういう描き方は、自身の道徳的限界点を試す為に、その陥穽を突く兵器を作り上げ、自身を標的艦にしている行為と同じではないのか・・・そう思います・・・。

勿論、私はネガティブな意味でそういう比喩をしており、やっぱり善意や正義というのは、事務的に、粛々とやるべきだなぁ・・・とも・・・。

例えるなら、事あるごとに彼らの立ち位置を声高に語り、(ある程度)資本主義の高みにいる加害者意識を代弁・表明しているような、(例えはかなり悪いですが)ホームレスの炊き出し団体のメシって、高い確率で美味しくないと思うんです・・・。

ここでも自身を標的艦にするような行為は存在しており、いうなら独りでいった方がカッコいいよね・・・とも・・・。俺も散々ここで、誰かの不幸や痛みに寄生して代弁者ぶり、ものをいうとるから文句はいえんが(汗) 

2026年9月28日月曜日

今日はブックオフに行きました

 今日はブックオフに行きました。結構な額になったのでラッキーだと思いました。

そういや・・・何か眠気がすごいんですよね・・・よせばいいのにエナジードリンクに頼っちゃいました・・・。線画をテキトーに済ましたら寝ます(笑)

で・・・また近い内に出展のお知らせをするかもしれません。11月くらいかな・・・? 

2026年9月27日日曜日

津波を止めるロボット

 かなり前の話ですが、中学生の時に愛知万博へと連れて行って貰った事がありました。家族旅行なんですけどね・・・。それがちょっと20年位前なんでうろ覚えで申し訳ありませんが、ロボット系のパビリオンに入ったんですよ。で、何か世界中の子供達が考えた、ロボットの絵があって、その中にハッとする作品がありました。

それは、マントのようなものをいっぱいに広げて、津波を押しとどめようとする赤いロボットで、楽しい旅行気分から、そういやスマトラ島沖地震発生1年目だったな・・・という生々しい現実に、冷水を浴びせられる思いでした。多分、当時の被災地あたりの子が描いたやつだったと思います。憶測ながら、アチェやピピ島あたりじゃないかと・・・。

これはあくまでも個人的な感想になりますが、その規模と死者数で2004年のクリスマスシーズンを蹴り上げるような衝撃を社会に与えたスマトラ島沖地震は、全体的に見ると現在は記憶の彼方に追いやられているように見え、どっちかといえば(同じ津波災害である)東日本大震災へのフォーカスが強いな・・・と感じています。原発事故も併せれば、当然っちゃ当然なんですが・・・。まぁ・・・1国どころか国際的な被害規模で、22万人の死者が出てるのに「地震」だもんなぁ・・・。

 そこで・・・震災を題材にした漫画もかなり刊行されていますが、どうも多くの描き方に居心地の悪さを感じるというか・・・それは、今日 マチ子先生の『るすばん猫きなこ』を読んだ時でも感じたんですが、何か自然と東京が起点になってはしないか・・・と・・・。勿論、そこには真っ当な良作もあるという事を、大前提にして語りたいんですけど・・・。

例えるなら、登場人物を被災地に行かせて、被災者の思いをぶつける事で本人が打ちひしがれ、或いは、被災者そのものを描き、作者自身を被災地(被災者)へ殉教させるような感じで、東日本大震災がもたらした被害と特異性ばかりに、東京(あるいは、首都圏)寄りの構造から福島への贖罪や使命感、岩手、宮城等への情動をどう浄化するか?という事ばかり考えてるような作品を、かなり見てきたというか・・・。 

だから、10年とか15年とかいうみんなの耳目を集めやすいタイミングで、震災と向き合う準備ができたと声を上げるクリエイターたちを見て、私はあの、津波を止めるロボットの絵と、それを描いた子供を思い出すというか・・・。

で・・・前者ですが、他者への善意とか正義への努力というのは・・・これは、恩師に当たる人の努力論を借用しちゃいますが、 本来自分から積極的に表明するものではなく、地道に粛々とやっているのを、他者が見て初めて評価するものじゃないか・・・という思いがうっすらあって・・・。だからこそ、ああいうのを作品で浄化する事に、かすかな違和感を感じてました。

すません・・・うろ覚えの記憶で、こんな事書いちゃって(汗) 

2026年9月26日土曜日

お腹を壊しました。

 今日はお腹を壊しました。アイスを食べたせいかもしれんね・・・。

う~ん、最近結構迷ってます・・・2つ同時に作品を描こうかと思ってるんで、優先すべきはどっちかね?と・・・。

 

2026年9月25日金曜日

「Zombie worker #2」を描きました

 「Zombie worker #2」という作品を描きました。画像を下にアップします。

コンセプトは、こちらの記事の主張と同じです。やっぱ日本人って属性差別みたいもんも大好きだよねーと思ったりして・・・。

個人的にはゾンビといっても、あのロメロ氏系の暗くて残酷なやつじゃなく、明るい作風のものが好きです。それも単なるマニア向けのパロディネタの羅列じゃなく、コメディとして成立してる事が前提なんですが・・・。それも、かなり前に「ゾンビ・ヘッズ:死にぞこないの青い春」という映画を観た事や、『くいなちゃんはゾンビ!: 最強ゾンビちゃんは学校に通いたい!?』という児童書を最近読んだ事も併せて・・・ですが・・・。

で、ゾンビって事で、翌日以降は「死」についての文章を書こうかと思います。何か自衛隊の戦車や戦闘機を、「かっこいい」という言葉で紹介する図鑑が刊行予定・・・というのをネットで見たので・・・。 

2026年9月24日木曜日

昨日はちょっと・・・

 昨日はちょっと・・・アレに任せて広島がどーたらと書いてしまった・・・。

今日は最初に行った店にチタニウムホワイトが無かったんで、根性で別の画材屋さんに行きました・・・。早速来年のプランについて、色々考えなきゃいけんし・・・。

そういや何ヶ月も放置しとったデッサンが完成した・・・そこまで放っておいた私のバカさ加減・・・この名義じゃ公開はせんよ・・・だってアレだもん・・・。 

2026年9月23日水曜日

ようやく・・・終わった・・・

 ようやく・・・連勤が・・・終わりました・・・。

 画材を買いたいが・・・よりによってアレが無いとは・・・。まぁ・・・明日行けばいい・・・そっちの店の方が安いから・・・。

 そういや・・・広電、特に宮島線って駐輪場とホームが一体化している駅があって、そこをバイクで通り抜けていく奴を見ました・・・ホームをバイクで走行して、接触事故でも起きたらどうするんだよ・・・と思いましたが、何もいえんかった・・・。

で・・・何かnoteで「広島はなぜ西の仙台になれないのか?」みたいな記事を見ましたが、まぁ・・・もしかすればグダ〇ン氏が別名で転生したんかね・・・と思うような内容で・・・。広島市民の俺から見りゃ、広島の人口流出とかマツダ依存とかはともかく、そっから仙台に地下鉄や空港アクセス鉄道がある事や、旧帝大がある事などを一方的に絶賛し、それが無い広島をディスってるようなんはともかく、「ちょっと待てよ・・・」と思うような感じでした。その辺り、GrokとかGeminiもいってたし、Geminiなんかそれ以上に辛辣な評し方をしてたぞ・・・。まぁ・・・もう全部いうんはさすがに疲れるけど、俺が感じた事だけ書いとこうかね・・・。仙台なんて行った事が無いからこれを書こうとしてるあたり、同じ穴のムジナ・・・という自覚は持っていたいです・・・。

確かに、広島の人口流出が深刻な事と空港アクセスが非常に悪い事は事実でしょう。これまで何度か羽田空港を利用してるからそりゃわかります。都心にモノレールや電車一発でいける利便性を考えたら、あのバス旅は正直「空港はまだか・・・!」とイライラしますもん。
ですが、何で性質も立地も違う仙台と広島を天秤にかける必要があるのか、で、広島を腐すにしても(仙台市営)地下鉄の代替手段だろうアストラムラインの存在がまったく論じられてない所に、かなりリテラシーの欠落を感じました。厳密にいえば、アストラムラインには僅かながら地下区間があり、その中の県庁前~本通間は建設の際に、地下高速鉄道整備事業費補助制度というものを受けており、厳密には「地下鉄」と見なされていますし、路線は市内と郊外を結んでいる形になっていますが、そりゃどうなんね・・・とも・・・。

記事内では都合よく宮島線を除外して広電を貶すように非難していましたが、特に宮島線の混雑率は日暮里・舎人ライナーに次ぐワースト2位にランクインされており、しかも全線で「自転車並みの表定速度」ではなく、鉄道事業法が適用されている宮島線では、きっちり時速60キロ台まで加速しています。それと、記事内では「市内遠方に伸ばした所で使い物にならない」と書かれてますが、実際に広島電鉄の路線は、廿日市市にある宮島口まで伸びてるんですが、広電の公式サイトやYoutubeの前面展望動画すら見る努力をしなかったんでしょうか・・・?それに、広島の地理条件を見るにあたり、たとえ広電を廃止しようが(今みたいに)存続させようが、行くも地獄、退くも地獄という状況があるわけで、だからこそ地下鉄を建設する余裕もないし、だから全員あの小さな車両に我慢して乗ってるわけです。
単なる空襲だったらモータリゼーションの波に素直にさらわれる・・・という事になるんでしょうが、原爆投下を経験した企業かつその生き証人ともいえる車両も存在する訳で、利益と市民感情の板挟みで、そうじゃなくとも存続の努力を選択せざるを得ないという状況への考慮があんまし感じられませんでした。
こういう所から歴史的背景を無視して、地下鉄のある仙台をアゲてるのは、正直「首都圏のつくばエクスプレスは同じ3セクでも優良経営ができているのに、田舎にある赤字経営の三陸鉄道の全線復旧が、どうして美談になるのか」というような主張のようなもんでしょ・・・これ・・・。
谷川 一巴氏は自著『地下鉄のフシギ!?』で、マイアミの高架鉄道を紹介した文章の中で、「地下鉄の存在=大都市」のイメージから何が何でもその街が地下鉄を欲しがる事を批判的に書いていたと思いますが、正直にいって東京や大阪、名古屋を除けば全国の地下鉄事業者が優良な黒字経営を達成しているかといえばそうではないと思いますし、アストラムだって同じ穴のムジナ的部分はあるので、そこを論じない地下鉄礼賛ありきで、広島を一方的にサゲる事自体に、かなりの疑問がわきます。正直、市街地がデルタ地帯(三角州)を中心にして構成され、山がちな郊外部分を結ぶ際に、地下鉄などを建設していれば、(アストラムを美化するわけでは毛頭ありませんが)債務超過以上の事態に追い込まれていたと思いますが。

それと、旧帝大が無くとも、広大は国立大学としてそれなりの難易度とレベル、その信用に応える教育内容(つまり、ブランド性)を備えていますし、アストラムライン沿線において(長楽寺以降は、正直西風新都トンネルをぶち抜く広電バスに乗客を奪われて、正直閑古鳥が鳴いてる状況ともいえますが)は修道大学、安田女子大学、広島市立大学に比治山大学など、広大ほど入試難易度や偏差値が高くないにしても、その教育内容と地元の就職率でWIN-WINという関係を、お互いの大学がグループを形成してある程度は構築しているのに、旧帝大が無いだけでその自治体をサゲるという発想に対し、石渡 嶺司の爪の垢を煎じて飲めばいいのに・・・と正直思いました。 

まぁ・・・色々見ていれば、何か特定の自治体に対するチェリーピッキングとか悪意みたいなものをかなり感じて、今回はこちらが「えっ?」て思った所だけを書いてみました。でも・・・本当に喧嘩を売るんなら、売るに値するリテラシーとかリサーチとかをやってから・・・と思いました。俺だって思い付きで間違った事を平気で書くから人の事はいえんけど、アストラムラインの無視や、広島の大学群をちゃんと論じてない所などから、あれはコタツ記事の域を出てないと思ったんで・・・。 

2026年9月22日火曜日

学校ストップ論とゾンビ少女

 以前、この公開日記で平河 ゆうき氏の『くいなちゃんはゾンビ!:最強ゾンビちゃんは学校に通いたい!?』のレビューを書いたんですが、まぁ・・・結構まとまらん形というか・・・もしかすれば場違いな感想になっていたかもしれないんで、もしそうだとすれば、作者の平河   ゆうき氏と、イラストを担当された、からあげたろう氏にこの場を借りて謝りたいです・・・。

それはさておき、本作はゾンビ少女である、在美 くいなを中心としたドタバタコメディにまぎれてかなり重要な事を書いてると思ったシーンがあったので、ここに何で私がそう思ったのか・・・?というのをつらつら書いていきたいです・・・。

8年前の事故で両親もろとも死亡したに見えましたが、一人だけゾンビとしてよみがえったくいなは、ゾンビバレのリスクを承知しながら、祖母が心配する中、学校に通う事を決意します。そして、くいなは作中で同じクラスの若月 頼人と大日南 桃にこういいます。

「 家にこもっていれば、ゾンビだって知られないし、頼人くんに手伝ってもらう必要もない。だけど……それじゃ生きてるって、言えないんだよね。生きるって、いろんな人と、いろんなかたちで、つながることなんだね」(80P)

こういう所で、教育制度そのものを否定し、「学校からの解放」を叫ぶウェブ論客や評論家などが存在しますが、確かに教育制度にはフラッシュアップの余地が絶えず存在しますし、時によっては学校に通う事をシャットダウンしなければ、子供が守れない事態だってあります。ですが、教育機関に通わずとも学力を維持できるのはそうした環境や財力に恵まれた子供であり、給食がセーフティーネット(命綱)だという子供だっているわけです。それは栗沢 まり氏の『あの子のことは、なにも知らない』で指摘されていたように。

なので、くいなのいう通り「いろんな人と、いろんなかたちで、つながること」は単なる(『心のノート』あたりが書いてそうな)「みんな仲良し」ではなく、そうした方が社会のプロテクトが機能し、誰かが助かる確率が高くなるという部分もある訳です。だからこそ、一定の社会参画への馴致と帰結はどこかで行わなければいけないわけで、それを肉体が死んでいるゾンビにいわせるという所に、かなりのニクさと痛烈さを感じました。
その辺りで公助が(弱者に対して)機能しないと文句を言っている側が、相対的弱者ばかりに目を向けて個人主義に基づく極論を弄するのをブログやXでよく見ており、よって彼らは社会問題に対する倫理的な裏切りを露呈していると思います。

・・・まぁ、この文章も結構あんましまとまってないな・・・とへこんでしまいますし、教育関係者でもない私がいうのもアレっちゃアレなんですけど、教育制度や教育機関の在り方を全否定するのではなく、何かもっと中庸な議論ができれば・・・と思っています。じゃなきゃ誰も救われんと感じるんで・・・。 

 

 

 

2026年9月21日月曜日

波のトンネル

 最近、こちらの展覧会を見る為に東京に行きましたが、行きも帰りも新幹線でした。

で、帰りに雨が降っていて、静岡辺りで結構雨量が多くなり、雫どころか水自体が膜のようになって、窓ガラスから後ろの方向へと流れていく感じだったんですよね・・・。これは運転士さんには大変な状況だといういう事を承知の上ですが、麻生 かづこ氏の児童書『サーファーガール:かがやく波に乗れ!』という作品で、主人公たちがサーフィンのDVDを見ていた時に、サーファーがトンネル状になった波の中を滑っていくシーンを思い出したんですよね・・・。
本来なら、ああいう状況はあんましポジティブに捉えてはいけない所ですが、すごい綺麗だったな・・・と感じました・・・。

で・・・京都まで新幹線が来ると、「やっとラストスパート・・・」と思います。ここまでが日帰り圏内なので・・・。 

2026年9月20日日曜日

オクトーバーフェスに行きました

 今日はオクトーバーフェスに行きました。特にステーキが美味しかったです。

ビールは・・・飲んでません(汗)外で酔いたくないので・・・。

お酒・・・最近全く飲んでない・・・そのほうがいいよね・・・。 

2026年9月19日土曜日

◎「空間彩添 Vol.4」にお邪魔しました

 アエルベース様で企画・開催されていた「空間彩添 Vol.4」にお邪魔しました。自宅に飾りやすいサイズの作品を集めた企画展という事だったので、いい意味で毒気を排した作品が展示されていました。まず、下に会場の様子をアップします。

 


 


そこで、やはり一番印象に残ったのが、飯村 武志氏の「Messer  Rocket」という作品でした。タイトルの通り、バブルカーの中ではイセッタと共に有名なメッサーシュミットKR200が、ロケットになっているんですが、やっぱり元々は航空機メーカーが作った車だから・・・そのルーツに対する、飯村氏の熱いリスペクトのようなものを感じました・・・!
何か、サーブとかブリストル、スバルみたいに、航空機メーカーのDNAを引く自動車って、結構存在すると思いますが、そこら辺のカッコよさって、ホントSFライクですよね・・・とも・・・。

ちょっと話がずれますが、メッサーシュミットを見たのは、小学2年生の時に連れて行って貰った、石川県にある日本自動車博物館で、実際にスタッフの方々の好意で運転席に乗せて貰ったんですよ・・・!あれは貴重な経験でした・・・!なので、その車は今でも特別な印象を放っています・・・!

まぁ・・・私が芸術オンチなせいで(汗)、メッサーシュミットの話ばかりになってしまいましたが、また機会があればお邪魔させて頂きたいな・・・と思います・・・!

2026年9月18日金曜日

『きみと友だちになれたら…!美少女転校生はド天然!?』を読みました

弓場 あずさ氏の 『きみと友だちになれたら…!美少女転校生はド天然!?』を読みました。イラストを担当された、せんちゃ氏の絵も良かったので、気が向いたら画集でも・・・という感じです。

主人公の七篠  梨乃は、影が薄い存在ですが、心の底から友達を作りたいと思っていました。そして、5年生を迎えた時に、容姿端麗だけど(客観的に見て)どこか発言がズレている少女、名取 胡桃が転校してきます。そこで早速、クラスの悪ガキである片桐 正也が彼女をいじり始めますが、胡桃は彼の悪意をさらりとかわし、ポジティブな意味に捻じ曲げてしまいます。そんな胡桃を見るうちに、梨乃は彼女に惹かれていき・・・という感じの話です。

で、話を読み進めていく内に、やっぱり「みんなキラキラ仲良し」の友情ほど脆いものはないよね・・・と思っていました。本当に相手同士を思いやる関係というのは、いつも優しく明るいものだけを見て、傷つく事を避けるのではなく、(それは、子供のキャパに合う形というのは当然ですが)時にはすれ違ったり、傷ついたり、相手が抱えている悩みを直視するネガティブ要素は必要悪ではないか・・・と感じました。人の痛みに敏感でなければ、梨乃も正也の腰巾着として、胡桃を揶揄して面白がっていたでしょう。
特に、物語中盤で梨乃達と一緒になるクラス委員長の小山 杏奈が抱えている闇は、ルッキズムという部分でもかなり重要な指摘をしていると思いました。アジア系が「ツリ目」と揶揄される人種差別の事例だってありますし。SNS(それはXやBlueskyにもいえる話ですが)で政治家を批判する際も、左派による「悪人顔」という罵倒が容認されている憂うべき事態も、度々見てるので・・・。

ですが・・・本作はちょっと片桐 正也に悪役のポジションを背負わせ過ぎてるんじゃないか・・・?と思いました。(これはほぼ同義語ですが)いじめやイジりというのは、一人の加害者が最初からみんなを扇動して始まるのではなく、複合的な要因が絡まって収束した結果であり、だからこそ被害者VS加害者と単純に白黒つけるのではなく、両者を含め、全員が自分の問題として考える要素が必要なのでは・・・?と正直考えてしまいました。

さとう まきこ氏の『 宇宙人のいる教室』や、白矢 三恵氏の『ぼくらの教室rpg』では、その辺りがかなり明確に描かれていたので・・・。

それと・・・これはかなり余計な事かもしれませんが、正也が梨乃を揶揄する際に「ドンくさいから『名無しのどん兵衛』」、給食がカレーうどんだったので「うどん兵衛」というのは、実際にそういう商品名のインスタント食品を製造する企業があるわけで、ちょっと思慮が無いな・・・と正直思いました・・・どうせするなら架空の商品名か、他のあだ名にすべきだったでは・・・とも・・・。 

2026年9月17日木曜日

先回りジャパン

 何か、かなり昔に、実家で祖母か母が持っていた子育て関係の本を読んだ事があります。タイトルも度忘れしてるし、うろ覚えで、いわさきちひろ氏がイラストを担当されていた・・・という記憶しかないんですが、何か幼稚園児で、水道の前でずっと手をかざしている子がいるんですよ。で、保育士がもしかして家は自動で水の出る水道なのかと思った所、本人が自発的にやって習得すべき事を、家族が先回りしてアレコレやった結果、ストレスで思考停止してしまう・・・みたいな感じの話でした。 
水道でも、本人が蛇口をひねる前に、誰かが勝手にひねって水を出す。お花畑を見ても、本人が「きれい」と認識する前に、母親が「お花がきれいだね~」と声をかけてくるので、子供の為に良かれと思ってやっていた事が、本人を結果的に追いつめていたという事態に、みんなが気づいて反省した・・・という形で一件落着していました(ようだった)。

で・・・こういう先回りしてアレコレと世話を過剰に焼くというのは、日本のドメスティックな環境だけではなく、社会全体に溢れていると思います。この文章でも書いてますし、こういう記事にも共感してしまう自分としては、電車やバスに乗っている際に、「無計画な注意放送垂れ流し」がまさにそうだと感じています。

この間でも広電バスや広電に乗っていて、ICカードの使い方や乗車マナーなどのアナウンスなんて、もう5回(可能なら7回)に1回でいいじゃん・・・という思いに正直駆られました。乗客がわからないからといって、小姑の小言のようにネチネチと流されるアナウンスに、あの幼稚園児の姿がダブったというか・・・。 ああいう幼稚園児か小学校低学年の生徒に言い聞かせるようなアナウンスを何度も聞かされると、こっちもかなりイライラしてくるんですよ・・・。調べなきゃ放送してくれというのも、大人なのか・・・とも・・・。
クレーム回避のアリバイ作りの為に、都市環境を粗雑に扱うやり方は、もうどっかでメスが入っていいんじゃないか・・・そう感じています・・・。

2026年9月16日水曜日

製造時期とキャラの変遷

 今も、角野 栄子氏の『小さなおばけ』シリーズは続いていますが、そこで佐々木 洋子氏もずっとイラストを担当されています。で、個人的に「ソッチのデザインが・・・かなり変わったなぁ・・・」と正直感じました。個人的には前の方が結構愛らしいと思うんですが、今のデザインも結構好みです(汗)

それと同じように、製造時期や増備時期、投入された路線等によって鉄道車両のデザイン変更(大阪モノレール1000系や京都市営地下鉄10系など)が結構あり、特に205系の「メルヘン顔」はともかく、相模線用の205系のイメージをぶち破るようなデザインを見ると、大幅にキャラデザが変更されたソッチを思い出すな・・・と・・・。 
まぁ・・・人生で初めて触れた童話の一つが、『おばけのソッチ:ぞびぞびぞー』だったので、アッチ、コッチの中でも特に思い入れが深いキャラクターなので・・・。

2026年9月15日火曜日

これっておかしい事なの・・・?

 何か最近、こういう記事を読みまして・・・。

 私は夏でも短パンは履かないので、すね毛の処理はしていません。昔のバイト関係で、それ関係の男性化粧品はかなり見たんですが(笑)ですが、ヒゲの処理はちゃんとやってます・・・一応、職場に出るんでね・・・。その時、理容師さんは本当にプロだなと思います・・・。

それと、髪も洗いやすさ優先の為に、ほぼスキンヘッドです(汗)0・1ミリのバリカンをいつも床屋で頼んでるので・・・。

でも・・・まぁ・・・「やる・やらない」じゃなく、毛の処理についてはホームレスや貧困層のように「できない」人も存在するので、そこを無視しても・・・という感じです・・・。ハードワークのせいで風呂に入る余裕もない人だって、沢山いる訳だし・・・。 

 

2026年9月14日月曜日

ラフと清書を公開します

 ここで、拙作(オリメカ系です)のラフと清書を公開します。上がラフで、下が清書です。


 
まぁ・・・あんまし用途は考えてないんですけど、これが自分で自分に対する初期案(笑)・・・といった感じです。やっぱり緑系の色っていいよね・・・という感じで・・・。

そして、次にやはり自分で下した最終案(笑)みたいなものも・・・アップします。


 
こちらは、札幌市営地下鉄6000形のデザインがホントよかったんで、なんとかロボットの形に落としこみたい・・・という感じで制作しました。なので、主線無しの模様が結構難しかったです・・・(汗)で、ラフとは違い、メインカメラの形が糸目から四角形の複眼に変わっています。そっちの方が、この顔でやるんだったら四角形でまとまった目つきがいいよね・・・と思い・・・。

複眼・・・何かAC4のOPにおけるアリーヤのカメラアイのギミックに結構影響を受けてますね・・・「(当時における)次世代作品だから、従来のEYEシリーズを凌ぐものを作ってやる!」というスタッフの方々の気迫を感じたというか・・・。 

2026年9月13日日曜日

『灰谷健次郎のどうわ:ようちえん ほいくえん』を読みました

 小学生の時に、灰谷 健次郎氏』の童話『けんちゃんのおばけ』という作品がかなり印象に残っていたので、それが他の童話と共に収録されている、『灰谷健次郎のどうわ:ようちえん ほいくえん』を読みました。で・・・まぁ・・・長谷川 集平氏の挿絵を見ると、私の自宅もそうですけど、今日のトイレは洋式が圧倒的多数だなと思いました・・・。実家も当然、そうだし・・・。『けんちゃんのおばけ』は違うアンソロジー集である『おばけにあいたい日の本』の(こちらでは、原 ゆたか氏が担当した)挿絵では、洋式でしたから・・・。

で、作中では「きんきんどう」というお店で、(多分親の店番を手伝っているのだろう)背中に派手な刺青を入れたおじさんが、それを褒めるとアイスキャンデーをくれ、逆にそれをディスる(「この刺青は消すのに消しゴム百個はいる」みたいな事をいう)と3発殴られるという、わかりやすいインセンティブを表明してるんですけど、おばちゃんに弱いという笑える弱点を持っているので、その類型的なガラの悪さと暴力性が見事に中和されています(笑) 

そして・・・主人公が予防接種を受ける際に、医者の前で覚悟を決め「しけい せんこく」というシーンがありますが・・・これは正直シャレにならんぞ・・・!と思いました。黒古 一夫氏が灰谷 健次郎氏を自著で批判していた事とは遥かに微笑ましいものですが、実際にこうした例がが存在し、「トゥルー・クライム」や「デッドマン・ウォーキング」とかいった映画を観ている者としては・・・ドキッとしました・・・思わず・・・。

その他には、『いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね』という作品が収録されており、これも印象に残っていた作品でした。いっちゃんという、話す際にあがってしまい、上手くおしゃべりができない少女が主人公です。そして、とある問題で勇気を振り絞ったいっちゃんが、ラストにおいて「せ・ん・せ・い・お・そ・ら・の・く・も・が・や・ぶ・け・よ・う・よ」といういっちゃんのセリフを発するのと同時に、雲の割れ目から青空と太陽がのぞき、先生と一緒にそれを見上げるシーンは、私が読んできた児童書屈指の美しいシーンだと思います。これは、クララが立ったというような美化ではなく、いっちゃんが勇気を振り絞った後に、自然現象を心理描写に繋げる巧みさ、そこから先生の勇気にも繋がっていく事への展開が美しかったという意味です。すみません、これはホントに説明が難しいんですが・・・。

今日、要領がよく、ストレスのかからないコミュニケーション能力ばかりが最優先され、「コミュ障(あるいは、コミュ症)」という言葉でそうじゃない人達を篩にかけて排他するような風潮を感じますが、後者に当たる人達の方が、遥かに人間や世の中を鋭く見ていおり、深い判断を下しているのではないかという痛切なメッセージを、『いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね』という作品から、灰谷氏の長年にわたる教職経験に裏打ちされた筆致から読み取ることができるようでした。

いっちゃんの「上手くしゃべれない」という事を障害者として気軽に処理するような世相も併せて、じわじわ伝わってくるような気がしました。 それを特性として茶化すような漫画やアニメには、とうていいっちゃんが最後に先生にいったセリフですら勇気ととる事ではなく、「発音がおかしいコミュ障」という認識しかできないと思いますが・・・。 

 

2026年9月12日土曜日

いよいよ来週ですが・・・

 いよいよ来週・・・また遠出しなくちゃならんが・・・アレがどうなってるかだよね・・・。まぁ・・・自分も同じ事を人にやった経験があるから、被害者ぶってはおられんな・・・。

とりあえず、切符は確保しているのであとは着替えとATM関係・・・といった所です・・・。 

2026年9月11日金曜日

授業評価アンケート

 何か、XとかBlueskyを見ていて、大学の授業評価アンケートに暴言が書かれている問題について・・・ですが・・・。まぁ・・・ああいうのは礼儀知らずという事で、篩にかければいいんじゃないですか・・・そういう奴のいう事に頭を下げとったら、本末転倒になるから・・・。私も優秀な学生とはいえませんし、成績ももう覚えてはいませんが、 授業評価アンケートは無難な内容で済ませた覚えが・・・うん・・・なんかまだ2011年で震災後に新学期が始まった時に、某教授が「西日本にも放射能が来る!」と大声で怒鳴り、東電を口汚く罵倒し始めた時に、実は私が「ちょっとそれは余りにも・・・」といったら「私が正しい!」とキレられたんで、思わずそういう衝動に駆られた事が(汗)

でもねぇ・・・授業評価アンケートの話に戻りますが、こういうの、学生個人だけの問題じゃないと思うんですよね・・・Xはともかく、招待コード制が廃止されて利用者が増加したBlueskyでもかなりガラの悪い言動をする人たちが散見されるようになり・・・こういうのは私も性格が悪いな・・・とか自省する日々なので他責は慎むべきですが、日々色々な「お題」が出される中、そこに対して(50代から60代の大人が・・・)しゃべり場の出演者みたいなコメントを日々目にしていれば、 (このポストみたいに)自由記述欄に「死ね」と書く学生がいても不思議ではないんじゃないか・・・そう思います・・・。最近、コンビニや本屋に行くと、カスハラの啓発ポスターをよく見るようになりましたが、それと同様に「○○ハラ」と規定した上で、防止活動に務めるべきじゃないでしょうか・・・。

まぁ・・・私に限っていえば、授業評価アンケートは匿名だったし、実名にすればいいのに・・・そう考えていました・・・。 

2026年9月10日木曜日

白木の郷様のパンフレット原画を公開します

  今回は、ちょっとこちらの事情で公開が遅れていた、白木の郷様のパンフレット(くわしくはこちらをご覧ください)にご使用を頂いた、拙作の原画(キャンバス画です)をこの公開日記にてアップしたいと思います。では、以下の画像をご覧ください。



        



この2点は、私がキャンバス画にロボットを制作していた事に、担当者の方が注目して頂いたのに加え、白木の郷様周辺の景色、つまり芸備線の車両や川、鹿などの自然を加えた上で・・・という形でご要望にお応えしたものです。特に2枚目のロボットの左上を飛ぶ飛行機は、結構神経を使いました(笑)そして、芸備線の車両ですが、ご年配の方にも親近感を持って頂けたら・・・という感じで、今は芸備線を走行していない旧式の気動車もリサーチして描きました。急行「みよし」なら自分も小学生時代に乗ったな・・・と・・・。そっち方面の実家に家族と帰省する際に・・・。 

      

そしてこちらですが、最終案とは別の方向性で制作させて頂いたものです。最終的には上の2作品が選ばれましたが、この拙作も今回の制作で生まれた作品の一つです。ポジティブなイメージ及び、明るいアメリカンダイナーみたいな雰囲気の構想・・・みたいなお話も頂いたので、こちらもご要望を基に制作をいたしました。志和口あたりには鹿がおり、実際に駅で野生の鹿を見たので、それをもとに音楽を聴いている鹿を描きました。音楽は私の趣向と同じです(笑)

ここまでツラツラと書きましたが・・・やっぱり普段は「自分が描きたいものを売る」がメインですが、「ご依頼を受けて、打ち合わせを重ねながらお仕事をさせて頂く」というのはかなり雰囲気がガラリと変わり、その分責任も生じるので楽しみと同時に、普段とは違う緊張感も孕みながら、でも、貴重な経験をさせて頂いた・・・という感じです。その分、このような形で私の絵を素晴らしい形で活用くださった白木の郷の方々や、デザイナーの方、そして、間に立って交渉をして下さった方々に、この場を借りて厚くお礼を申し上げます。
 

2026年9月9日水曜日

今日は大した収穫にはなりませんでした

 今日、資料集めに図書館に行きましたが・・・あまり大した収穫はなくて・・・。

ですが、シャレオで東北物産展をやってたので、会津のお菓子を2つ買いました。これから両親に送る予定です。 

そういえば、noteの記事について、ちょっと思う事があります。自分もこの公開日記で2行程度の文章を書いて終わりにする・・・見たな事が何度かあるんですが、noteでそれをやられると・・・と正直思います。そういうのに限ってエロとか中傷だし・・・。チンピラの独り言みたいな・・・。

で、昨日ガラの悪い連中に絡まれそうになったと書きましたが、ガラの悪さや下品なコンテンツ自体は否定していません。ただ、社会全体でそれらを見たくない権利とか、敷居みたいなものがあってこそ・・・と思うわけであって・・・。

2026年9月8日火曜日

今日はちょっと・・・

 明日くらいに、何か色々また拙作、つまり作品関係のアレコレをこの公開日記メインでアップしたいと思いますが、今日はちょっと・・・という感じです・・・。何か、ガラの悪い連中が絡んできそうだったんで・・・こういう時に限って、『ハピかわ』の重要性を痛感するよなぁ・・・都合がいいけど(笑)だからこそ、何で女児だけが印象をよくする努力をしなければいけないのか・・・そういう疑問もあってだな・・・。はっきりいえば、いい歳して下品でガサツな振る舞いをするのは女性も同じであって、俺も実話系雑誌とか読んだりするから、人の事はいえん(汗)でもねぇ・・・今日の事を考えれば、公共でやるのが問題なんですよと・・・。

2026年9月7日月曜日

失敗は避けられない?

 今回は、こちらの文章で制作中の絵をアップしたいと書いていましたが、約束より一日遅れでアップしますね(汗)この後で書く事と密接に繋げる感じで行きたいので・・・。


 はい、上の方に制作中の絵をアップしましたが、これはiPad Pro(描画ソフトはアイビスペイントで、課金済みです)にて描いたイラストを基に、キャンバス上で制作途中のものです。サイズはF20号で、参考として下にもデジタル版のイラストをアップしておきます。

まぁ・・・こういう感じですが、ちょっとキャンバスで描く際は胸部を長くしすぎたり、顔あたりを何度かホワイトで修正したな・・・と思います。遠くで見た時に、左右のバランスが結構歪で、カレイかヒラメのようになってたんで・・・口と目にあたる部分の配置が・・・。

で・・・ここから本題に入りたいと思います。何度も修正しなければいけないのは、絵描きとしてまだまだ未熟で劣った部分があるからであり、そこにいい訳を一切したくはありません。努力の結果として完璧にやる人もいますから。ですが、何らかの過程において、失敗って誰しも何回かは経験するんじゃないでしょうか?

失敗という事で・・・以前、『ハピかわ』という児童書(マナー本)についてこことかここでまとまらん事を書いていましたが、まぁ・・・焼き直しという事は多めに見てください(汗)

確かに、身だしなみとかマナーとか、『ハピかわ』では大人でもできていないことをわかりやすく指摘しているし、自分だって要領がいいコミュニケーションが上手な人に度々助けられてきてるので、あの本の内容に文句は付けられないです。過去にちょっと企業案件を頂いた事がありますが、間に立っている人がいなければ、お仕事をさせて頂く事もままならなかったわけだし・・・(汗) 

ですが・・・正直、こういう記事とかこういう記事に同意してしまう自分もいる訳で・・・で・・・まぁ・・・『ハピかわ』でも一応失敗のメリットについては書いてあるんですが、一流の営業マンのように、「ナミカゼ立たないコミュニケーション術と綺麗な身なりを習得し、相手にいい印象を与える」という主張の方が勝っており、自分としては子供は(特に学校や地域社会における)人間関係の中で、失敗したり傷ついたりして、あるいは(子供故に)取り返しのつかない代償を払ったりして許されながら勉強していくものじゃなかったんでしょうか?

そこら辺の真実みたいなものが、うさくん先生の『マコちゃん絵日記』という漫画でかなり上手く描かれてたなと・・・。子供だからこそ、完璧な話しあいで円満解決なんてできるわけがなく、時には喧嘩したり、エゴ故に嘘をついてしまったり、『ハピかわ』がベストセラーになっている現状を見ると、こうしたネガティブ要素を漂白するだけでいいのか?とも思ったり・・・。 

 

この記事でも、「引き出しの中身は、成功例ではなく失敗の在庫である」と書かれていたように、いい結果を出すには記事を書いた人の主張通り、成功のパターンではなく失敗の在庫を持っているからです。こういう事は自分のレベルで絶対に書いてはいけないとは思いますが、最初のホワイト修正の話以外でも、作品制作の過程で間違いやズレを修正する事は結構あります。 絵の制作以外でも、企画が落ちた事もありますし、目を離したスキに某イベントで作品を全部盗難された事もあります。そういう「ネガティブ要素」のない生活なんて無い方がおかしいと認識しています。

だからこそ、敢えて書きますが、そういう部分は子供なら尚更で、『ハピかわ』はまず「かわいい女子」という「成功例」ばかりを強調しすぎて、(『ハピかわ』だけではなく、そうしたマナー本に過剰な意味付けを大人達がした上で)子供の失敗すら不寛容になっている今の社会の余裕のなさ・・・を映し出しているのかもしれません・・・。何か、リチャード・カールソン氏の『小さい事にくよくよするな!』シリーズの方が、人間の不完全性をきちんと認識している分、『ハピかわ』より思いやりがあったのではないか・・・そう思います・・・。

 

それと・・・これってこの文章じゃ蛇足かもしれませんが、『ハピかわ』のように「相手に感情的な負担をかけない、要領よくレスポンスができて明るい印象を与える努力」という日向の世渡りばかり重要視するコミュニケーション術って、本当にいい事なんでしょうか?そうじゃない事は「社不」とか「コミュ障」とかいって排他するような風潮がありますが、世の中にはこうした記事が指摘しているように、(青木 和雄氏の『ハードル:真実と勇気の間で』でも同じような主張はされてましたね)他者と向きあう際に戦って傷ついてでも、自分の正しさを通さなければならないコミュニケーション術も必要悪だと私は思う訳で、トータルしてみれば、みんな都合の良くない部分から目を背けすぎていないか・・・?それを子供にまで適用してると、どっかでしっぺ返しがくるんじゃないか・・・?何かそういう懸念があるんですよね・・・。

まぁ・・・はっきり書くけど、「社不」とか「コミュ障(コミュ症)」という言葉も、裏を返せば相手が本気で向き合い始めた時に、怖がって逃げてしまう弱さの正当化ではないか・・・そう思います。こうした矮小化も社会に蔓延していますが、どっかでしっぺ返しが来るんじゃないかと・・・。俺の不器用が正しいなんていうつもりは、毛頭ないけど(笑) 

2026年9月6日日曜日

約束を破っちゃいますが・・・

 ちょっと・・・体調の関係で・・・昨日、今日くらいに制作中の絵をアップするというのは・・・ちょっと保留にさせてください・・・私のひ弱さが原因なんですが・・・(汗)

で、代わりに、「ベクトロン」というシーメンスが製造している電気機関車について、つらつら書いていこうかと思います・・・。ここに外観の画像があるんですが・・・まるで、日本の名機であるEF66を今風にアレンジしたような感じじゃないですか・・・?特にヘッドライト内側にある、ラジエーターグリルのように縦に並ぶラインを見てから、そう思ったんですが・・・。

で・・・逆にこちらを見て欲しいのですが、レンフェ(スペイン国鉄)251形電気機関車というのものが日本から輸出されており、同じ三菱重工製という事で、EF66そっくりのデザインです。何か不思議な巡りあわせだなと思いました・・・。

 

それから・・・まぁ・・・ちょっと話を変えますが、某Youtuberが福島大に対してやった事・・・あれは本当に当然の反応を食らったと思います。何か、私が赤瀬川 源平氏の「超芸術トマソン」の原爆タイプという定義について、ずっと感じていた事だし、ここでもちょっと長めに書いています・・・。
何か、『みい山』と同じように、こういう記事やこういう記事 みたいに、茶化しちゃいけない事を、日本のポップカルチャーがずっと茶化し続けてきたツケが今跳ね返ってきてるんじゃないか・・・そういう感じがします・・・。

あのYoutuberに限っていえば、俺の出身大学もBF判定食らってる事を呑んでいうけど、広島が長崎と共に原爆投下という消えない琴線を抱えてるのと同じで、東日本大震災以降、(津波に限っていえば、岩手や宮城、茨城も同じですが)福島県がどんなデリケートな琴線を抱えていて、どういう反応をすればいいかの正しさ位、小学生でも理解しているのに・・・と思います・・・。

最近でも、いわきから父親を残して、広島の方(海田の方です。私もそこで10年位前にプラカード持ちのバイトを数日間やってました)に母子避難した小学生が、地元の小学校で教師になったというニュースサイトの記事を見たばっかりなんで・・・何か自分が蹴られるような感じがしたんですよ・・・安っぽい同一化ですが・・・。 でも・・・記事内の動画で小学生が先生の言葉に涙する一方、大の大人が、「福島大には触らせたくない」という差はどっから生まれるのかと・・・同じ大人として、頭を下げて詫びたい気持ちです・・・。

 

2026年9月5日土曜日

ちょっと白を塗り重ねました

 最近、制作している絵のグレー部分が濃すぎたので、僅かにチタニウムホワイトを上乗せして、誤魔化しちゃいました・・・(笑)いけんですね、最初からちゃんとやっとけよって話なのに・・・。

それと・・・同じ色にちょっとだけアンブリーチドチタニウム を混ぜて修正したんですが・・・これは後で色を塗るんで、多少ムラが出ても大丈夫だという判断で、半ばアバウトにやってます・・・。でも、一応売り物を作っているという前提なんで、全部行き当たりばったりという訳じゃないです・・・ 念のために・・・。

で・・・明日くらいに、制作中の絵をアップしたいと思います。完成品はともかく、制作中の絵ってなんか恥ずかしいんであんまりアップしてないんですが、話したい内容とリンクしてくるんでどうしても・・・という感じです・・・。

『ハピかわ』がまたフラッシュバックしてるし、本棚に一応あるんでね・・・。

本当にデフォルトで「清く正しく美しく、そしてストレスのかからないコミュニケーション」のテクニックを子供にまで求める事が美談なのか、また話したいというか・・・。 

2026年9月4日金曜日

鉄道警察的な・・・

 今回は・・・鉄道警察寄りの話題になりますが・・・といっても現実の、痴漢や暴力事件を取り締まる鉄道警察の方じゃないので、自分がホント嫌な存在に堕す事を自覚して書きますね・・・。

この文章で、みずの 瑞紀氏の児童書『僕らのヘリオトロピズム』の感想を書きました。で、川島 誠氏の『電話がなっている』と併せて、「やっぱりタブー破りの優越より、こういう事は『僕らのヘリオトロピズム』みたいに真面目に扱うべきでしょ?」みたいな話を、長々と書いたなと・・・。お気持ち表明とでもいうか・・・。

ですが・・・ちょっと引っかかる事があったんです・・・本作が真面目な姿勢だからこそ、よかった故に・・・。

で、琥珀が襲われる事件があったあと、琥珀と直人が線路沿いの道を歩くシーンがあります。そこで、「線路を一台の電車がゴーッと通り過ぎていった。二駅を通過する特急だ。」(84P)という文章があります。それから、電車は「台」としてカウントされているわけですが、主人公の生活圏内や特急レベルの優等列車が走っている事を考えると、本来は8両とか10両位の車両がムカデのように繋がっているはずなので、「1本」としてカウントした方が・・・と脊髄反射で思ってしまいました。

一台というと、こういう車両とかこういう車両を、つい想像してしまったもので・・・。

すみません、あんな話に、こんな野暮なツッコミを入れるなんて・・・。でも、ちょっと気になっていたものですから・・・。

まぁ・・・私もこの文章で告白しているように、今まで「尤も」と「最も」を混同して使いよったから、お互い様かも知れません(汗) 

 

2026年9月3日木曜日

着色を始めました

今日・・・ようやく線画が完成したので、着色を始めています。

といっても・・・全体のうち10%くらいだから・・・。

まぁ・・・明日はアレの日なんで、絵具を買いに行きたいと思います・・・。 

2026年9月2日水曜日

『僕らのヘリオトロピズム』を読みました

―自分がちょっとふざけたいからといって、野放図に人を傷つけていいわけがないんです。

             ロマン優光氏『90年代サブカルの呪い』より 
 

―強姦ってのは その後も精神を繰り返し犯す 心の殺人だからな

 一方  加害者のお前は 今の今まで俺に言われなきゃ 思い出しもしねえ

 正真正銘のクズだ

 原作:石井 光太氏 作画:今野 涼先生『鬼畜の街』より 

 

みずの 瑞紀氏の児童書『僕らのヘリオトロピズム』を読みました。 

まぁ・・・今日は前の文章とは違って2回更新になっちゃいますが、約束通り、川島 誠氏の『電話がなっている』と絡めて書いていこうかね・・・と思います・・・。当然、性質が違うし、どっちかといや後者は児童書という性質上、かなり私はネガティブに見ています。こことかここでも「いっちょ噛み」はしてるわけだしな・・・。

で、最初に書いておきますが、『とにかくさけんでにげるんだ』とか、『いいタッチわるいタッチ』 といった絵本、そして、『アナザーヴィーナス』という児童書が大人から子供への性暴力を告発・対策法を表明してきたように、『僕らのヘリオトロピズム』もその流れを汲んだ作品です。尤も、『アナザーヴィーナス』は青木 和雄氏の監修で、吉富 多美氏が執筆したものですが、正直、加害者に優しい結末を用意するような展開より、『僕らのヘリオトロピズム』の方がきちんと被害者と性加害のリアルが描けていると思いました。

で、『僕らのヘリオトロピズム』のストーリーですが、直人という少年が小学生時代にサマーキャンプでボランティアの青年から性加害を受けたという闇を抱えている所から、物語が始まります。で、直人は塾帰りにクラスメートであり、同じ塾に通うようになった女子の琥珀が、同じく男性に襲われているのを目撃してしまいます。 

そういう目に遭っていなければ、単純に「じゃあ、警察にいやぁいいじゃん」でしょうが、性暴力は(語弊を恐れずに書けば)その性質上、みんながみんな同情や憐憫の目で見てくれるわけではありません。 それらを軽く見るつもりは絶対にないですが、殺人や傷害以上に、被害者も好奇の目で食い荒らされる事になります。だからこそ、簡単に告発できないジレンマに直人は直面していきます。男性から男性からの性暴力に、一体世間がどんな反応をするのかという事も加えて。自分もそれはわかるような気がします。「ゲイヴン」とか「真夏の夜の淫夢」とかいったネットスラングが流通しているように、特にそういう事が歪めて茶化される確率って、かなり多い気がしますから。

で、ストーリーが進むにつれ、実際の事件を明らかに参考にしたと思しき、漫画家の性加害事件が発生します。 それは、直人が愛読していた漫画の作者で・・・。すみません・・・私は『モリのアサガオ2』を買ってるんで、同罪かもしれん・・・。これから書く事を考えれば、矛盾の極み・・・。

はっきりいえば、戦争(例えば、イスラエルのガザ虐殺やロシアのウクライナ侵攻など)や東日本大震災を題材にした話より、こうした問題を扱った児童書は、例えそのスタンスが真面目であったとしても、かなり人を選ぶし、もしかすれば必要以上に読者がダメージを受けるリスクがかなりあると思います。だって、身近にいる人が最悪な形で自分に牙をむくという苛烈さはともかく、そういう目に遭った人が読むと、重大なセカンドレイプになる可能性も、否定はできませんから。
 

だからこそ、この『僕らのヘリオトロピズム』は全くもって常識的で当たり前の事しか書かれていません。一番弱い立場の子供を性の捌け口にするような大人は唾棄すべき外道であり、裁きを受けるべき存在である事、その犠牲になった子供達が、守られなければいけないのは当然の事、だからこそ、他者のセクシャルな部分を安易に口にしてはいけない事などです・・・。
それは、最初に書いた、川島 誠氏の『電話がなっている』の実験的タブー破りや、そういう作品を子供に勧めてダークヒーローぶろうとする、無責任な児童文学愛好家の態度(場違いかもしれませんが、現実における被害と加害の関係の「美味い部分」ばかり相対化して持て囃した人たちは、コミックLO編集部の爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいと思います)より、遥かに優先されるべきものであり、みずの氏のようなテーマを選んだ大人達には、例え合意があっても、子供同士のキスやHだって、肉体や精神の発達段階や責任能力を考えた上で、絶対に許されないという拳にもなって欲しいと思います。
『僕らのヘリオトロピズム』は、合意のない性行為を扱っていたので・・・。 

 

尤もと最も

 まぁ・・・最近書こうかとは思っていましたけど、この公開日記や、自作小説内で、「尤も」と「最も」を混同して書いていたんですね・・・漢字については、恥ずかしながら自信があったので・・・もう・・・という感じです(汗)修正したいが、この公開日記の文章はやりません・・・なんせもう投稿の数が膨大なんで・・・。間違いを見つけたらどうか笑ってやってください・・・。


で、今日ちょっと、ロマン優光氏の『90年代サブカルの呪い』という本を読みました。

自分自身、あの辺りに精通しているかといえばちょっと自信はないですが、何か知らず知らずの内に、逆張り的な表現が加害にシフトしていくみたいなのって、サブカルじゃないんですけど、川島 誠氏の『電話がなっている』はともかく、あの表現を持て囃す大人達を思い出しました。まぁ・・・『90年代サブカルの呪い』でも背徳をただ楽しむだけではなく、何か他者への加害行為すら武勇伝として美化するような当時の風潮に「でも、やっぱりどうなんかね?ああいうのって面白いんかもしれんけど、傷つく人っていたじゃない?」 という感じの言及がなされていましたが、某読書日記はともかく、ああいうもの(つまり、『電話がなっている』みたいな、際どい文学的実験)を子供に読ませて悪趣味ぶって面白がるような風潮に、そういうのを感じます。
自分だってそういうゲスい部分があるから自戒として書きますが、児童書や絵本にオタクが群がり、エルサゲートの提供者みたいに振る舞うのは結構見苦しいなと・・・。 

これについては、みずの 瑞記氏の『僕らのヘリオトロピズム』を読んだ事と併せて、後日位に書いていきたいと思いますが、上に書いたように、子供をダシにしたチキンレースみたいなものへの、私もお気持ちも表明しておきたいという感じがせんでもない・・・。 
ていうか、『電話がなっている』にはこの公開日記で数度批判的な感想書いたけど、タイミングが合えば2つくらいリンクは貼りたいです・・・。 

2026年9月1日火曜日

2日遅れでした

 まぁ・・・アレに関係した事が・・・2日遅れで・・・気をつけな・・・。

 この調子で、気温が下がればいいんですけど・・・。