まぁ・・・最近書こうかとは思っていましたけど、この公開日記や、自作小説内で、「尤も」と「最も」を混同して書いていたんですね・・・漢字については、恥ずかしながら自信があったので・・・もう・・・という感じです(汗)修正したいが、この公開日記の文章はやりません・・・なんせもう投稿の数が膨大なんで・・・。間違いを見つけたらどうか笑ってやってください・・・。
で、今日ちょっと、ロマン優光氏の『90年代サブカルの呪い』という本を読みました。
自分自身、あの辺りに精通しているかといえばちょっと自信はないですが、何か知らず知らずの内に、逆張り的な表現が加害にシフトしていくみたいなのって、サブカルじゃないんですけど、川島 誠氏の『電話がなっている』はともかく、あの表現を持て囃す大人達を思い出しました。まぁ・・・『90年代サブカルの呪い』でも背徳をただ楽しむだけではなく、何か他者への加害行為すら武勇伝として美化するような当時の風潮に「でも、やっぱりどうなんかね?ああいうのって面白いんかもしれんけど、傷つく人っていたじゃない?」 という感じの言及がなされていましたが、某読書日記はともかく、ああいうもの(つまり、『電話がなっている』みたいな、際どい文学的実験)を子供に読ませて悪趣味ぶって面白がるような風潮に、そういうのを感じます。
自分だってそういうゲスい部分があるから自戒として書きますが、児童書や絵本にオタクが群がり、エルサゲートの提供者みたいに振る舞うのは結構見苦しいなと・・・。
これについては、みずの 瑞記氏の『僕らのヘリオトロピズム』を読んだ事と併せて、後日位に書いていきたいと思いますが、上に書いたように、子供をダシにしたチキンレースみたいなものへの、私もお気持ちも表明しておきたいという感じがせんでもない・・・。
ていうか、『電話がなっている』にはこの公開日記で数度批判的な感想書いたけど、タイミングが合えば2つくらいリンクは貼りたいです・・・。