そういえば、ちょっと前にやまもと ふみ氏の児童書『桜井くんはお医者さん!!:天才ドクターは小学生!?』を読みました。
内容的にはかなり面白かったです。医大をもう卒業し、医療免許まで持っている(!!)小学生の桜井 奏多が医療絡みの問題を色々解決していく話で、主人公の少女三咲 花音との絡みも微笑ましいものがありましたし。
で、作中で奏多は同じ父親である医者から、そのままでは医者をやらせないといわれ、ノルマを課されていました。これはやまもと氏があとがきでも指摘されていた事ですが、まだ子供の段階で、18年分くらいの学業を一瞬で駆け抜けた彼には足りないものが多くあります。だからこそ、父親は奏多に「足りないもの」を補完するためのノルマを課していたのです。
ここで、フィクションに現実を持ち込んではいけないとは思いますが、プライベートな話に照らし合わせ、もし医者として職業的な信用と責任を負っている小学生がいたとしても、私が診察や医療を受けたいか・・・?という話をしたいです。
すみません、答えは「NO」です。
現実問題、いくら学業を積み、医療免許みたいな職業的信用を得ていたとしても、実際に医療活動というのは肉体的なキャパやそれに伴う年齢的成熟も必要になってきます。内科にしろ外科にしろ、学力というソフトウェアだけでなく、体力というハードウェア適正もなければ、人の命を預かる事は成立しません。実際、注射にしろ手術にしろ、(奏多みたいな)小学生が長時間ぶっ通しでその問題と向き合いながら仕事ができるのか?思わぬアクシデントに対しての対応能力はあるのか?休日返上で体調が急変した患者の為に働けるのか?そこら辺を考えれば、私は知識にプラスしてハードウェア関係の経験則にも長ける、成熟した大人に身を預けたいと考えていて・・・。
命を預かる意味で・・・という事を考えれば、医者だけではなく、電車やバスの運転者や飛行機のパイロットにもいえる事なんですが・・・。正直、いくら免許を取得したといわれても 、小学生が機長の飛行機には乗りたくないです・・・。
すみません、本作をディスるような話になってしまって・・・とは思いますが、ちょっとその辺りで考えさせられてしまったので・・・プライベートな事で・・・。