小学生の時、ほんの悪戯心で同級生のTが持っていた新刊の小説を盗んだことがあった。
本当は、子供なのに大人向けの本(一般書だ)を読んでいる自分は凄いという発言に苛立ったところもあるのだが。
そして、すぐに教室では犯人さがしが行われ、Yという女子生徒が疑われた。
「Yさんは、Tさんにめちゃくちゃいわれてるみたいよ」
と、夕食の後、リビングで母親が父親に、ため息をついた。
「あんな盗癖のある子供を同じ教室にいかせるな、もっと特別な教育が必要だって、先生にも電話でいったみたいで・・・・・」
「で、こっちにも電話が来たんだよね?Tさんから」
と、父親がいった。
「そうなの、でも、証拠もないのにYちゃんを犯人と決めつけるなんて、Yちゃんやそのお母さんへの悪意の賛同を強制されているような感じで、とうてい『うん』とはいえなかった」
Tが色々と自分の母親にいいつけていることは、同級生はおろか、保護者や教師の間でも有名だった。
それから数日後、お使いに行った時に偶然Tの母親とあった。
「あら、Rちゃん久しぶり!」
「こんにちは」
「あの、みんなにもいってるんだけど、Yちゃんと付き合わないほうがいいわよ」
「どうしてですか?」
「Yちゃんがもの盗んだことってしってるでしょ?あそこの家は色んな事情があって、Yちゃんもそういう影響を受けてるから、私たちの常識が通用してないの。世の中にはこういう家庭や学校で育って、大人になっても10桁の掛け算ができない人がいること、Rちゃん知らないでしょ?」
確か、Yの父親は失業中だったはずだ。そういうときだけ、この女は自分勝手なほど自信満々になることを、母親経由で私はよく知っていた。
「でも、私が犯人だろうって疑う子だっています」
私は嘘をついた。
「Tちゃんの本がなくなった日、私がTちゃんの机のそばにいたし、三眼症だからって・・・・・・」
「それはほんとに酷い人ね。だって三眼症の子を疑うなんて、立派な差別じゃない。許されることじゃないわ。もしこういうことでいじめられていたら、おばちゃんいつでも力になるわよ」
全く持って、予想通りの反応だった。
その時、私はこいつらの善意など、その程度でなんて都合がいいのかと感じていた。
それから、Tの母親を筆頭に、同じ育ちの保護者がYの家庭への抗議をくりかえし、それは殆ど相手を吊るしあげるような騒ぎになっていた。
私はその騒ぎを面白がり、後で何回も楽しむためにノートにくわしく書きためていた。