(今日はちょっとまた、書きたい事があったんで二回目の更新になります)
予定が重なっている時、私はよく、別々の線路を同時に走る電車を想像してしまいます。
実際にそういう状況があれば、やがて線路が離れ離れになった時に編成がバラバラになってしまうというか・・・そういうシュールな状況は、そうした空想が許される年齢期と、電車の玩具があってこそ・・・という感じでしょうか・・・。
ここで本題に入りますが、まず、古谷 経衡氏のWeb記事で、2021年で東日本大震災(に伴う原発事故もセットで)から10年という時に、福島で原発事故が発生した際における保守派の醜い実態が書かれていました。 水素爆発を見た時も、必死の思いで対応作業に当たる自衛隊員や消防隊員、作業員等への想像ではなく「これで日本の核武装が遠のく」といい放ち、「放射能汚染は恐るるに足らない」と矮小化するような言説まで出し、反原発派や原発事故の被害者すら「放射脳」と冷笑するような態度を見せているという感じでした。
そして、いつもなら保守派は領土問題に敏感なはずなのに、放射能汚染で国土が使用不可能になっている現実には、何の怒りも抱いていない・・・みたいに書かれてました。
まぁ・・・これはまた、(性懲りもなく)『ステイホーム』という児童書の話になりますし、こうした言説全般にもいえる事だと思いますが、本来ならコロナパンデミックの犠牲に晒されている医療従事者や貧困層に目を向け、その現実を直視して声を上げるような左派的な人達が、寧ろ安全圏で個人主義に引きこもり(『ステイホーム』で聖子おばさんがいっていたように)「コロナのおかげ」とか「コロナで働き方改革が推進されたのは、大いに礼賛したい」とかいったような態度を弄する様は、最初に紹介した古谷氏の記事で出てきた、原発事故で国土が使用不可になっている事を直視せず、むしろそれを指摘する人達をバカにするような保守派を思い出すというか・・・。自分の観測範囲だと、原発事故でホルミシス効果があり、寧ろ健康になれるとかいい出す科学者や、震災で大儲けできたというような外国人トレーダーもそういう内でしょうか。
個人的に保守派よりも悪質だと思うのは、普段は弱者を擁護する態度を表明し、こうした時に自民党政権の対応を居丈高に批判しておきながら、作中におけるネグレクト姉妹をるるこが「悪い子を家に入れないで」と拒絶したシーンを礼賛し、コロナ下の状況をいい事のように語るそのスタンスだと感じています。そこに対して、正に私が最初で書いた別々の線路を同時に走る電車を思い出すというか・・・。
で、最後になりますが、リンク先の記事では「マッドマックス的な生存競争」と書かれていますが、るるこ達は正にその相対的な勝者であり、あのネグレクト姉妹の切り捨てを無条件に礼賛(要するに、自分が思いを馳せている対象を裏切った)したレビュアーや評論家に、今後貧困や弱者を語る資格は果たしてあるのか・・・?と思います。だからこそ、私は記事内におけるスラヴォイ・ジジェク氏の言葉に共感するのです・・・。「ピンチをチャンスに」というのは、それだけの綺麗事がいえない人の口をふさいで成立する、暴力的な美化であるからこそ、『ステイホーム』でもその辺りが児童書で発行された事に対し、もっとみんな厳しい議論をすべきだったのではないかと・・・。
まぁ・・・自分だってどっかで二枚舌生活を送っとるから、気をつけんとな・・・(泣)