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2026年8月10日月曜日

殺す愉悦

先日刃物を持った男を警官が発砲し、容疑者が死亡した事件がありましたね?大阪で・・・。で、その警官に対して一方的な礼賛と左派嘲笑が行われていたのを見てから、やっぱり法治主義は民意とは距離を取ったインデペンデントな存在じゃなきゃ・・・と思う訳です・・・。

同時に、私は、宮下 洋一氏の『死刑のある国で生きる』という本がオーバーラップしたんですね。その中の8章で、死刑制度の無いフランスで犯人射殺という死刑が行われているというのを見て、ニュアンスは違うかもしれんけどまさにそうした状況が・・・とも・・・。

そして、警官は公僕であり、その給料は市民の財産です。容疑者の発砲はそのお金で賄われたのであって、納税者が単なる(殺意に基づく)愉悦を叫んでいるのであれば、そこら辺の自覚や責任感の欠落も厳しくチェックしなければ・・・と感じています。まだ不明な部分(或いは、調査中の部分)がある状況で、結果として公権力が武力行使ともいえる状況に発展した事に、脊髄反射で一方的な礼賛を送るのを見て、そうした民意の俗情が法治主義と結託するような状況なんて、社会にとって有害でしかないなとも・・・。

やっぱり「12人の怒れる男」っていう映画でも、差別発言をまくしたてた有罪派の陪審員に、みんながそっぽを向くシーンがあるじゃん・・・。ああいう純度の維持はあっていいんじゃないかと・・・ある程度は・・・。

それと、これは感情論になっちゃいますけど、この記事に概ね同意です。 
容疑者が警官に撃たれて死亡した時に、大喜びで礼賛する人は、その銃口が自分に向く事を想定していないし、何か関東大震災の時に現れた自警団みたいだな・・・とも・・・それと、坂上 香氏の『ジャーニー・オブ・ホープ:被害者遺族と死刑囚家族の回復への旅』でも、アメリカの刑務所で死刑執行が行われる時、第3者の賛成派がスポーツ観戦でもするかのように大はしゃぎしよった下りを思い出します・・・今の騒動を見よると・・・。