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2025年5月31日土曜日

結局、書かないことにしました

 昨日の文章で、風俗について書きたい・・・と書きましたが、結局例えがどぎついんで書かないことにしました。まぁ、ここでアニメとか漫画の感想を書き散らしとる俺も、同罪だと思うしなぁ・・・。だから人のことをあんなんに例える資格なんか・・・とも・・・。

でもまぁ書いちゃうけど、何か私を含めて(だから同罪だと書いたのです)1消費者が自己顕示欲や支配欲の為に、特定の業界に対して評論家のような言動をしてくる様は、風俗の迷惑客と同じだな・・・と考えてます。風俗に行ったこともないんでアレですけど、敢えて例えるならそういう感じなんですよ・・・。そういう態度が、汚い格好で店にやってきてプレイの前に体をちゃんと洗わない、オプションにない過激なプレイや本番を強要する、キャストに暴言を吐く、でも金払ってる身だからそれが悪だという自覚がない・・・まぁ、『死役所』という漫画でも風俗嬢に横柄な態度取って殺される客がいましたけど、まさに重なるというか・・・「評論」を「感想」と履き違えている今の風潮に・・・。 

そういや久しぶりに絵の依頼を受けました。明日余力があれば詳しく書きたいな・・・と思います・・・。 

2025年5月30日金曜日

色々悩んでいます

 何か・・・拙作に対して色々悩んでいるんですよね・・・メカのことなんですけど・・・。バストを出しすぎじゃなかったんじゃないのかと・・・。

そういう所から、大学ノートに色々描いて検討しています。で、ゲームやデザイナーさんの画集を読んで、これで正しいかな・・・とか比較してみたり・・・。いくらデジタルでやり直しが効くといっても、限度があるので・・・。

前までは構想やラフなどはクロッキー帳にまとめてましたが、前者の方がコンパクトで扱いやすいので、そっちにしています・・・。安いしね・・・。

まぁ・・・話は変わりますが、明日余裕があれば、風俗について書いていきたいな・・・と思います・・・。行ったことが無いのに書く資格はない・・・ということは承知ですが・・・。 

2025年5月29日木曜日

今日は何事もありませんでした

 今日は何事もありませんでした。

よかったです。

ですが・・・東急ハンズで刷毛の取り扱いを・・・止めてしまったというのが(泣)

2025年5月28日水曜日

進んで弱者になりたい人達

―人は誰でも自分が生まれ育った国に「愛想尽かしする」権利を有しているからである。しかし、高度に発達した資本制社会である日本と原始共産制的社会を比較して原始共産制社会の優位を主張すること自体が、理念としては可能でも、現実的ではない。

          黒古 一夫『灰谷健次郎:― その「文学」と「優しさ」の陥穽』より

 

昨日の記事の最後で、元気があれば愚痴りたいというようなことを書いていましたが、幸い元気があったのでそうしようかなと思います(笑)

自作小説の参考文献に使うつもりで読んでいたホームレス関係の本ですが、なんか(敢えて書きますが)左派系知識人って、本当に(安全圏から)障害者とか貧困層を美化したがるなーと思いました。

もうここでも書いたことなんですが、文章の下の辺りに『だいすき!』っていう漫画を引き合いに出しています。それと、最近でも『ハッピークラシ―』という本を読んだ影響もありますが、ちゃんとした「衣食住」がない極限状況でぎりぎりの生活を送っている人に、「豊かさ」を見出し、自分もそういう生活に憧れてまねごとをやり始めるというのは、社会的弱者や福祉制度を舐め切った行為であると思います。それは、『だいすき!』で知的障害者達を「幸せだよな」と言い放った浪人生と同じだと感じます。そこに反論した安西さんと同じように、ホームレスや貧困層の人だって、全部が全部ユートピアンだからやってるわけではありません。椅子取りゲームに座れなかった結果として、負のスパイラルに絡めとられている状況を、反資本主義のアイドルとして祭り上げるような考えは、当事者の尊厳を逆に阻害しているともいえるでしょう。

近年、(サンデル本の影響もあるのでしょうが)能力主義や市場競争は批判の槍玉に上がりがちです。ですが、努力による獲得が前提となっている社会の安全保障に守られているような人間が、それらが嫌いだからといって貧困を美化して同化するようなゆるふわな姿勢に、私はこの漫画を想起してしまいます・・・。自分が勝ち取ってきた境遇に感謝せず、それが無いことで社会や個人がどうなるかという想像が欠落しているような議論は、ここで槍玉にあげたような本ではなく、巷には色々と溢れているわけですが・・・。

 

2025年5月27日火曜日

ちょっとブーストしました

 今日はとあるPDFファイルをBOOTHで買って・・・ちょっとだけブーストしておきました。

薙沢 ムニン氏の 「LivingDead*Magic」の設定資料集なんですが・・・。

・・・まぁ、何か読んでてあのエンドが好きだった人が多かったというのもねぇ~という気分でした。正直・・・ネットには露悪好きが多いんかなーとか思ったりして・・・。

何か(決して薙沢氏のゲームではありませんが)創作界隈で、手っ取り早くキャラクターを殺したり破滅させたり、絶望させたりすること(で溜飲を下げるような表現)がメインストリームに出てる現状の弊害、とでもいうのか・・・。 

参考資料も見ましたが、自分より教養のある人を見ると、純粋にすごい頭がいいな~とか感じたりします。だから、自分もやる気が出るというか・・・。

 

そういえば、明日も元気があればちょっと色々愚痴りたいと思います。個人的に苛立つものを読んでしまったので・・・。

2025年5月26日月曜日

買い直しました

 最近本を売った時に、間違って売る予定のない漫画を売ってしまって・・・気がついた時にはもう遅く・・・なので今日、新刊も併せて買い直しました。

まぁ・・・こういうこともあるということで・・・。

そういえば・・・シフトの関係で今は連休ですが、遠出しようと思っても、経済的なアレコレ・・・という感じでどーしよーかなーと思っています。まぁ・・・行かんとは思いますが・・・。

2025年5月25日日曜日

震災後文学

 ―大衆の興味が集中しているホットな話題にすぐに飛びついてプロットを立てるのも、また能のない話だ。

         ディーン・R・クーンツ『ベストセラー小説の書き方』より

 

 東日本大震災以降「震災後文学」なるものが多数生み出されてきましたが、個人的には「東日本大震災を題材にした小説」と書いた方がいいように思います。

 戦後最大の犠牲者数やチェルノブイリ(チョルノービリ)に匹敵する原発事故も併発したこともあり、阪神淡路大震災に代わり、すっかり(関東大震災と共に)災害を語る際のテンプレートとして定着した東日本大震災ですが、「震災後文学」というジャンルを確立させ、それを文化として継承させようと息巻いている作家たちは、果たして阪神淡路大震災はともかく、他の災害でここまで伝承しようとする努力はしてきたのでしょうか?

こういった話の蒸し返しになりますが、所詮は東京が壊滅の危機をつきつけられないと人は動かない。そんな残酷さと無神経さがあると思います。実際に東日本大震災の後に発生した熊本地震(あれは広島も揺れました)や西日本豪雨、能登半島地震に関してにそこまで熱を入れて「物語化」しているような作品は見当たりません。逆にいえば、そうした「物語化」や「代弁する使命感」が、豪雨や台風など、「ただの災害」の記憶を大きな声で排除してきたともいえるでしょう。

正直に書きますが、だからこそ私は「(主に東日本大)震災を語り継ぐ」みたいなムーブメントに素直に乗れなかったりします。 どうせやるんなら自分の描きたいことや特定の災害や事件などをナラティブとして騒ぎたてる・・・所への逆張りみたいな感じ、そんな使命感に冷水を浴びせるような感じで臨みたいと思います。色々何か挑戦してるかもしれないような文章になりましたが、それは覚悟の上・・・ということで・・・。