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2025年9月30日火曜日

◎「おひめさま展」にお邪魔しました。

 ちょっと前の話ですが、アートコンプレックスセンター様にて開催(企画:大槻香奈氏)されていた「おひめさま展」にお邪魔いたしました。下に、その様子をアップいたします。


「おひめさま展」という事で、私の「おひめさま」的なものに対する考え・・・を書いていきたいです。

最近、ディズニープリンセスだけに限らず、数々の「王女様」とか「女王様」みたいなジャンルが商業主義的な部分で幅を利かせていると思います。ですが、それは女児にどれだけ買わせるかというだけの派手さばかりが強調される中、「おひめさま展」では寧ろそうした風潮にNOを突きつけ、表層的な利益の理論に流されないファンタジーの世界への、信念の強さが感じられました。

先程、ディズニープリンセスと書きましたが、ディズニーやピクサーの作品は大好きです。 ですが、今日の風潮を見るにあたり「プリンセス」という概念がただ対象をATMとしてみるような概念が拡大し、「おひめさま展」のようにちゃんと「夢見る力」を醸成する力学とは反対の方向へとズレていっていないか・・・そうした懸念もあります・・・。

2025年9月29日月曜日

アウティング

 最近、「アウティング」という言葉を知ってから、何となくうさくん先生の漫画『マコちゃん絵日記』という漫画の10巻に収録されたあのシーンを思い出しました・・・。

交際関係をバラされそうになってキレるエピソードですよ・・・。『多美ちゃん愛の主張の巻』っていうんですけどね・・・。

で、最近保坂 和志氏の『書きあぐねている人のための小説入門』という本をまた読んでいますが、 回想形式ではなく時系列で書けみたいな話がありましたが、じゃあ、『わたしを離さないで』とか『グリーン・マイル』、『ハローサマー・グッドバイ』なんかはどうなんでしょうね・・・?と思いました。私の今描いている小説も、(かなり身の程を弁えない話になっていますが)『わたしを離さないで』に影響されて回想形式なので・・・NGかな・・・?と思ったりしています・・・。もう7万字というノルマはある程度達成していますが・・・。

これから結末とその肉付けを書いて、遂行して時間があればキンコーズあたりに・・・という感じです・・・。 

2025年9月28日日曜日

エールエールA館への移転

 中央図書館が・・・ついにエールエールA館への移転を始めましたね・・・。

個人的にはそれには賛成です。今まで中央図書館を利用していて思ったんですが、段差が無駄に多いし、アクセスも半端な所にあって歩かされるし、そして何より・・・もうこれは止めときましょうか・・・。いい始めると必要以上に怒りと悪意がコントロールできなくなるから・・・。

そういえば、木村 いこ先生の『午前4時の白パン』を読みました。特にソース天ぷらとだし巻き卵のエピソードが良かったです。一番美味しそうだから・・・という理由じゃなく、セクハラ酔っ払い親父とか、斎場で死人の悪口をいう親族とか、そういうロクデナシに会った時の主人公の対応が・・・という意味です。 

やっぱり言葉だけじゃなく、行為で示す事も必要な時があると思うんで・・・。 

2025年9月27日土曜日

やっぱりかみ合わない

 最近、あることでかみ合わないことが非常にストレスになっています・・・。

で、話は変わりますが、今日ちょっと電車を描いとって両開きドアにしなければならないのが、片開きになっていたので、すぐに描き直しました・・・。こういうのって、小説が関わってくると非常に難しくなるので・・・。

2025年9月26日金曜日

架空の国

 最近『アフェイリア国とメイドと最高のウソ』を読んだのですが、本当にイチから架空の国を創り上げるのって、本当にハードな作業だと思います。こっちもやってるから骨が折れる・・・で・・・一応、『世界の地下鉄』とか『世界の路面電車』みたいな本を読んでから主人公の生活圏内を描いているというか・・・。で、なぜそれらなのかというと、公共交通機関も重要なお国柄や、地域性の一部だったりすると思うからです。だから、ガイドブックで名所を知るだけでは、世界は作れない・・・そんな認識があります。

ていうか、商業出版してねーのにいえるんか・・・そんな偉そうな事・・・?

そういえば、商業出版と書きましたが、AI絵本についても同様の事を思いました。

なんかAIでプロンプト入力すれば楽勝!みたいな記事をnoteでいくつか見ましたが、どうして絵本が描きたいのに、プロの技法書や作品を読んで勉強しようとはしないのか・・・こういう状況を放置しておけば、いずれ時間が無くても楽に稼げる手段だという事で、情報商材屋やセミナー屋に児童書業界が本格的に汚される日が来るのではないか・・・そんな不安があります・・・。 

2025年9月25日木曜日

生成AI・・・

 何か生成AIの使い方を推奨するような児童書をネットでチラチラ見かけましたが、あれ・・・子供が使うような代物じゃないと思いますよ・・・最も、ネットなんてベーシックな倫理観が醸成できていない子供が触れるものでは無いと私は思いますし、AI界隈なんて検索エンジン以上の自由度を、経営者とその取り巻きがキラキラした理念ばかりで語り、誰も責任を取っていないのが現実だと思います。まぁ・・・宿題関係でGoogleが闇落ち(例えば、これです)したような話がある中、子供にあんなものを使わせようなんて・・・狂ってるとしかいいようが無いです・・・。

何かAIとかネットとかがあるから、子供に教えればいいのではなく、どう守り、どう対処していくのか・・・そんな考えも必要ではないのでしょうか・・・? 

2025年9月24日水曜日

『あふれでたのはやさしさだった』を読みました

 昨日の文章で、寮 美千子氏の『あふれでたのはやさしさだった』を読んだので、その詳しいレビューを書きたいといっていましたが、約束通りやりますね。

まぁ・・・何か正直に書くと・・・ 私は小学生時代に母の所有していた土師 守氏の『淳』を読んだ影響から、(寮氏が主張していたように)少年犯罪者が社会の犠牲者だからこそ犯行に及んだ弱者、みたいな書き方には乗れないし、もっというなら、ここでは書けないようなドス黒い感情を何度か刺激されました。藤井 誠二氏的な感じの・・・。ていうか、『空が青いから白を選んだのです」も新潮文庫だったしなぁ・・・。

で、本書で書かれていた涵養プログラムで行われた、「愛情」や「癒し」等は、被害者や被害者遺族がまず最初に必要とするものだろうという思いが、何度も本書を読んでいる時に頭をよぎりました。(寮氏に限らず、人権派とされる人々が厳罰派に対して主張する)「根っからの悪人なんていない」という性善説が、なぜ人を殺してはいけないのか、悪い事をしたらどうなるのかという倫理観の重要さを、どっか矮小化しているような感じがして・・・。

ですが、やっぱり非行少年や少年犯罪者に対する寮氏の態度は本物だと思うのです。こうした活動では、しばしばネットでチヤホヤされる事を考えている、身勝手な支援者がいます。彼らは自分がバズを稼ぐため、支援の対象が反撃しにくいのをいい事に、愛情や活動の名を借りた暴言や差別意識を露にした発言を繰り返し、同じく薄っぺらな人権意識高そうな人達がせっせとシェアに勤しむのを、何度か私は見ています。 

ですが本書を読んでいて、そういういい加減で不快な描写が一切なく、寧ろ彼らの為に対等に接するという覚悟のある言葉に、嫌でも私は引きこまれていきました。

『ステイホーム』という児童書では、「悪い子を家に入れるな」という主人公の言葉から、こうした存在を突っぱねる事をよしとしていましたが、公助ばかりに丸投げして知らんぷりするのではなく、ある程度は自分事として考えなければ、私が憎んでいたものも存在し続けるのかもしれません・・・。