今日は修羅場でした・・・これが後2日も続くので、到底正月モードに入れん・・・。
明日に備えて、今から寝ますね・・・。
画家、藤高昇太の公開日記(ブログ)です。主に出展のお知らせや、近況などを書いていきたいと思います。なお、整理のために一部の記事が削除される事がありますので、ご了承ください。 ◎本ブログの文章の一部引用および画像の無断転載を許可いたしますが、以下の注意を守ったうえで、自己責任でお使いください。1.営利目的・非営利目的(何らかの収入を伴わない)に関わらず、出典の明記は大体わかる形でもかまいません。そちらのご都合に任せます。 2.政治的・社会的な信条にかかわらず、いかなる表現も許可いたしますが、最低限のTPOとモラルを守ったうえでご使用お願いいたします。なお、タイトルに◎がついた作品は、版権ネタですので無断転載をご遠慮ください。
まぁ・・・私は個展とか企画展とかに参加してから、キャンバス作品(あんな高いものは売れないのが普通です)はともかく、小冊子や絵葉書が売れれば「お買い上げいただきありがとうございます!」と素直に感謝の念を抱きます。
ですが最近、そういう話について考えてしまう事があって・・・。
何か、一部の喫茶店とかギャラリー、オタク界隈は初心者や趣味者に排他的な態度を取る事で、価値表明をするケースがありがちですが、自分も何か個人的に「折角買ったのに、そういう態度で返されるの・・・?」みたいな経験をしました。向こうに悪意はなかったのかもしれませんが、そこに対して深堀すれば、要らんお気持ち表明になってしまうのでここらで止めときます・・・。
まぁ、これはグラデーションなんだと思います。売る方にも買う方にも選ぶ権利はあります。ギャラリーに限っていえば、ギャラリーストーカーみたいな迷惑客や所属作家をスカウトするためにやって来る勧誘系ギャラリーのスタッフは(業界を汚さない為にも)シャットダウンする権利はあるし、正直私もお客様対応で少なからず「イラッ」とした事がありました。ですが、そこはお互い様、売る方にも問題は存在します。勝手に自分のやっている事を敷居が高いと思い込んだり、そこに対して知識がなかったり(要するに気まぐれに立ち寄ったりする趣味人)する人に排他的な言動や無神経な態度を取ったりする実態はあるわけで、どっちにも刃は向けていかなければ・・・というスタンスです。自戒の為にも・・・。
で、やっぱり買う方からも色々問題は生じてるのはわかるんですが、特に美術業界のしきたりを必要以上にちらつかせて、ガンプラ説教おじさんみたいな態度を拗らせてるギャラリストも、なんかねーと感じたりするわけです・・・。あれははっきりいえば、問題提起とかじゃなくて説教や人を腐してテリトリーを守ること自体が好きな人じゃないかと疑ったり・・・。
「カーズ」というアニメ映画では、ラストでマックィーンがチックに跳ね飛ばされ、クラッシュしたキングを助けるシーンがあります。それはラジエーター・スプリングスでの経験から、今までレーシング業界で傲慢な振る舞いをしてきた自分へのカタのつけ方で、彼は結果として負けてしまいましたが、他人(他車)を傷つける事で勝利を収めたチックが総スカンを食らったのに対してみんなから称賛を浴びます。
ライバルを助けるという意味では、(また書きますが)うさくん先生の読み切り漫画『ピカピカアイドルさやか』にも一定の共通点はあると思います。主人公のさやかはアイドル同士が競争するイベントで、司会の操るロボットにセクハラ妨害されるライバルを助けるんですが、その理由が、「憧れだった存在と邪魔者なしで勝負したかったから」でした。
ここで、「カーズ」とは決定的な違いが生まれます。 勝負が再開された所でさやかは見事勝利、つまり1位の座を掴むのです。この辺りについては、非常に考えさせられます。
自分自身のモラルの為に、勝利のチャンスを敢えて捨て去り、重傷を負ったライバルのもとへ駆けつけたマックィーン。まっとうな勝負ができない環境を排除する為に、敢えてライバルを助けて勝利を獲得したさやか。 そこに、私は勝負のあり方というものを考えてしまいます。
結果は違えども、「カーズ」を監督したジョン・ラセター氏とジョー・ランフト氏、『ピカピカアイドルさやか』の作者であるうさくん先生は、勝負にはモラルが必要だと訴えている所ではストーリーの骨子は同じだと思い、勝負事だらけの世の中(ここでもそういう事について書きましたが)だからこそ、色々自分で持っておくべき指標は必要だな・・・と感じたのでした・・・。『ピカピカアイドルさやか』では、ゲームの主催者が勝負という聖域を汚す現実が書かれていたわけですし・・・。
この文章でちょっとマイケル・サンデル氏の『実力も運のうち』について(町山 智浩氏の偏差値35発言に絡めて)触れたのですが、本書を自分も試しに読んでみた身として、みんながサンデル氏の能力主義批判に付和雷同している中で、結構私は醒めた目であのブームみたいなものを見ていました。
ですが、サンデル氏の主張は正しいんですよ。学歴は金の問題も関与しているとか、自分の努力に自惚れることなく、そこに「運」を見出して謙虚な気持ちを持てとか、そういう所から、エッセンシャルワーカーがバカにされてるけど、職業に貴賤は無いでしょ?という話なんですが・・・。すみません、ちょっと読解能力に自信がないので、そういう内容だったと記憶しています。だから間違ってたらすみません・・・。
で、何か問題だなと思うのは、※サンデル氏の(『実力も運のうち』における)主張自体ではなく、本書に賛同している知識人やネット世論なんですよね・・・。何か日本の学歴言説のダブルスタンダードぶりを露呈しとるというか・・・。 個人的に見れば、都合のいい時には「能力主義が分断を生み出してる」とか、「学歴や職業で人を差別することは間違っている」とかいう美辞麗句をハーバード大学教授という虎の威を借りて振りかざしていますが、都合の悪い時には「定員割れ大学は潰せ」とか「公立中学は動物園」みたいな(Xとかはてな匿名ダイアリーみたいな場所をメインとした)ヘイトで、特定の教育機関や関係者に対する死体撃ちをしてきた、つまりアクセルとブレーキを同時に踏み続けてきた、つまり有利になる状況と相手によって掌返しを巧みにしてきたのが(主に)ネットに蔓延る日本の学歴言説だったのだと思います。実際に、「偏差値の低い大学」を侮辱して嘲笑するような文脈はポップカルチャー上に溢れ返っていますが、こういうタイミングでサンデル氏に諂っている人間が、これまで毅然とそれを批判してきたのか?とも・・・。
そして、日本よりも学歴主義が熾烈なアメリカだからこそ、サンデル氏が呈した問題提起が受験制度そのものを憎み、目標に向かって努力して成功を目指す事自体を、酸っぱいブドウか何かのように解釈して、人気が集まっているのも何だか残念な気がします。日本には弱者に寄り添うフリをしながら、努力や成長しない事自体を仮想敵への憎悪を煽る事でアンダークラスをダシにし(「不都合な真実」みたいな本が、ちょくちょくベストセラーになったりしていません?)、格差の中で特権階級に君臨するインフルエンサーみたいな人達がいますが、そういう人達のお粗末な形で自称弱者の劣情に訴える言説とチャンポンにされてる・・・みたいな現状があるかと・・・。
それに、何でオバマ氏の能力主義肯定論にはあれほど痛烈に批判するのに、政治家としての対応能力は彼より劣っていた(数々のヘイト発言や支離滅裂な政策)ドナルド・トランプ氏への批判がないのは不公平ではないか・・・そんな気持ちも正直ありました。上にも書いた通り、問題提起は正しい部分もあるんですが・・・。大学入試くじ引き制度に関しても、そこに選抜というシステムが存在する限り、選民思想は燻り続けるんじゃないかと思ったり・・・。「俺はくじに当たったから、当たらなかったお前は貧しくて当然だ」みたいな・・・。
まぁ・・・自分も学歴社会のはみ出しっ子みたいなもんですが、その分違和感はあったんです・・・。『実力も運のうち』がしたり顔で持ち上げられるのを見て、何を今更・・・とね・・・。
今日はちょっと用事があって、安佐北区の方まで行きました。やっぱりバスは高いです・・・。JRを使えって話ですよね・・・。
明日くらいに暇があれば、サンデル氏の『実力も運のうち』に対する、(主に日本の)反応について話がしたいな・・・とか思います。本当にあれでいいのかという考えが、正直あったので・・・。
この度、皆様のおかげで紙屋町ベース様にて開催させて頂いていた、個展「Inter space」が無事に終了いたしました。
この場をお借りして、 個展を開催させて頂くにあたり、非常にお世話になった紙屋町シャレオのスタッフの方々、御多忙中にもかかわらず会場にお越しいただき、拙作をご覧になられた上にお買い上げ下さったお客様等に、厚くお礼を申し上げます。
個人的には、絵葉書ではなく自作小説の売れ行きがかなりあったかな?・・・と思います。文字ばっかりなのに・・・。でも増刷した甲斐はありました。
そして最後に、本展で経験したことを糧に、更なるベストを尽くしていきたいと思います。