この文章でちょっとマイケル・サンデル氏の『実力も運のうち』について(町山 智浩氏の偏差値35発言に絡めて)触れたのですが、本書を自分も試しに読んでみた身として、みんながサンデル氏の能力主義批判に付和雷同している中で、結構私は醒めた目であのブームみたいなものを見ていました。
ですが、サンデル氏の主張は正しいんですよ。学歴は金の問題も関与しているとか、自分の努力に自惚れることなく、そこに「運」を見出して謙虚な気持ちを持てとか、そういう所から、エッセンシャルワーカーがバカにされてるけど、職業に貴賤は無いでしょ?という話なんですが・・・。すみません、ちょっと読解能力に自信がないので、そういう内容だったと記憶しています。だから間違ってたらすみません・・・。
で、何か問題だなと思うのは、※サンデル氏の(『実力も運のうち』における)主張自体ではなく、本書に賛同している知識人やネット世論なんですよね・・・。何か日本の学歴言説のダブルスタンダードぶりを露呈しとるというか・・・。 個人的に見れば、都合のいい時には「能力主義が分断を生み出してる」とか、「学歴や職業で人を差別することは間違っている」とかいう美辞麗句をハーバード大学教授という虎の威を借りて振りかざしていますが、都合の悪い時には「定員割れ大学は潰せ」とか「公立中学は動物園」みたいな(Xとかはてな匿名ダイアリーみたいな場所をメインとした)ヘイトで、特定の教育機関や関係者に対する死体撃ちをしてきた、つまりアクセルとブレーキを同時に踏み続けてきた、つまり有利になる状況と相手によって掌返しを巧みにしてきたのが(主に)ネットに蔓延る日本の学歴言説だったのだと思います。実際に、「偏差値の低い大学」を侮辱して嘲笑するような文脈はポップカルチャー上に溢れ返っていますが、こういうタイミングでサンデル氏に諂っている人間が、これまで毅然とそれを批判してきたのか?とも・・・。
そして、日本よりも学歴主義が熾烈なアメリカだからこそ、サンデル氏が呈した問題提起が受験制度そのものを憎み、目標に向かって努力して成功を目指す事自体を、酸っぱいブドウか何かのように解釈して、人気が集まっているのも何だか残念な気がします。日本には弱者に寄り添うフリをしながら、努力や成長しない事自体を仮想敵への憎悪を煽る事でアンダークラスをダシにし(「不都合な真実」みたいな本が、ちょくちょくベストセラーになったりしていません?)、格差の中で特権階級に君臨するインフルエンサーみたいな人達がいますが、そういう人達のお粗末な形で自称弱者の劣情に訴える言説とチャンポンにされてる・・・みたいな現状があるかと・・・。
それに、何でオバマ氏の能力主義肯定論にはあれほど痛烈に批判するのに、政治家としての対応能力は彼より劣っていた(数々のヘイト発言や支離滅裂な政策)ドナルド・トランプ氏への批判がないのは不公平ではないか・・・そんな気持ちも正直ありました。上にも書いた通り、問題提起は正しい部分もあるんですが・・・。大学入試くじ引き制度に関しても、そこに選抜というシステムが存在する限り、選民思想は燻り続けるんじゃないかと思ったり・・・。「俺はくじに当たったから、当たらなかったお前は貧しくて当然だ」みたいな・・・。
まぁ・・・自分も学歴社会のはみ出しっ子みたいなもんですが、その分違和感はあったんです・・・。『実力も運のうち』がしたり顔で持ち上げられるのを見て、何を今更・・・とね・・・。