原爆投下と、その孤児を扱った絵本『そのときぼくは9さいだった』(作:あごうしゅうじ氏・絵:小泉 るみ子氏)を読みました。一応、その原作である『原爆と朝鮮戦争を生き延びた孤児』も読んだのですが・・・。
多くの作品と同じように、原爆の被害者、特に子供だからこそその経験は一層苛烈なもので、家族を失い、なす術もなかった少年に手を差しのべた朝鮮人の金(キム)さんの善意には、頭が下がるものがあります。かつての日本は朝鮮半島に差別と抑圧の限りを尽くしてきたので、普通なら加害国の人間という事で見捨ててもよかったはずですが、そうした怒りや復讐の感情を飲み込み、孤児となった少年と一緒に故郷へと渡った金さんの心情を想像すると、かなりの覚悟や決意を感じる事ができました。ですが、『原爆と朝鮮戦争を生き延びた孤児』では金さんは「金山三郎」となっていましたが、なぜ名前を変えたのかという疑問が残ります。
そして、このお話は現在数多く出版されている「反戦・反核」系の絵本や児童書と同じような「見落とし」も存在すると思うのです。なぜ、金さんは戦争が終わった時に喜んだ(原爆で家族を失った少年にとっては、セカンドレイプに等しい仕打ちだった)のか、日本はアジア周辺諸国にどのような仕打ちをしてきたのか、そこら辺を問われるととたんに目を逸らし始める弱さが存在すると思うのです。それに、1970年に建立された広島の韓国人原爆犠牲者の慰霊碑も(林 志弦氏の『犠牲者意識ナショナリズム』も指摘している通り)平成、つまり1999年になってからやっと平和記念公園に移転するという感じだったので、そうやって「ハネ」にしときながら、被害者に優しくしてくれというのは、図々しくないか?とも・・・。
岡田 索雲先生の(関東大震災における朝鮮人虐殺を扱った)短編漫画『追燈』では日本人の加害性がはっきりと描かれていましたし、東 曜太郎氏の児童書『灰とダイヤモンド』でも主人公のルーツをはっきり「戦争加害者」として存在させ、それとどう向き合うかがはっきり書かれていましたが、上に書いた子供向けのメディアでは、今まで虐殺や侵略の限りを尽くしてきた戦争被害者、つまり相手に許される(ここでも「許し」について書きました)という美談をもって、暗に救済と和解を強要しているような作品がまだまだマジョリティだと思うのです。
『パオズになったおひなさま』や『幽霊少年シャン』のように、「こっちは現地の人と仲良くしていたのに、軍部が戦争でそれを壊した」みたいな話を見る度に、私はこうした清らかな話の裏にある、痛烈な視線を感じざるを得ませんし、いつまで相手の優しさにもたれているわけにもいかないなと感じています・・・。