こちらで、川名 壮志氏が原作を務められ、棚園 正一先生が作画を務められた『ひみつ―佐世保事件で妹を喪ったぼくの話』をバンチKAIにて読みました。まぁ、連載前からアレコレ書いて読まんのは(少しガラの悪いいい方になりますが)仁義に反すると思ったので・・・。
で・・・ プロローグと1話を読みましたが、正直「表現がアレじゃん・・・」と思いました。
内容を無自覚になぞっているというか・・・。あの事件における焦燥感や迫力はホントに感じられるのですが・・・。
やっぱり、悪い予感は当たったんですよ・・・。リンク先の文章でもう自分が部外者だという「言い訳」は散々書いたのでもうここではナシにしますが、あの『謝るなら、いつでもおいで』や『僕とぼく』を読んでいる身としては「死体とか犯人を露骨に出すなよ・・・!」と思いました。やっぱり、※東日本大震災を題材にした作品で町を破壊していく津波や大破した原発建屋を描いたり、新型コロナウイルスを題材にした作品で医療現場やパンデミック下の現実をリアリティに基づいて書くような表現とは、性質が違いすぎると感じました。私もあの2冊のノンフィクションに書かれていた、当事者が孕む繊細なセンシティブさに晒されていたからでしょうか、「ぼくたちのムッシュ・ラザール」や「ライフ・イズ・ビューティフル」等のように抜くべきところは敢えて抜く・・・という方が良かったように思えます。
それでも、連載がどうなるかはわかりませんが、あの事件を少しリサーチすれば、加害者の少女がネットで歪んだ礼賛をされていた事はわかるはずで、被害者及び被害者遺族へのセカンドレイプすら助長するような表現に勤しむ人間も存在しました。実際に、最近訪れたとある展覧会では、そういう表現をしているキュレーターも存在しました。ドールを作っていてね・・・。
だからこそ、キャラクター自体を出さない・・・そんな感じで行ってほしかったというか・・・。文章と台詞だけで表現する・・・みたいな・・・。
自分自身、プロの漫画家ではないのでこういう文章を書くのは憚れる事は百も承知だし、遺族でもないのに口出しする事も単なる自己満足で、もしかしたら問題を混乱させているだろう事は百も承知です。ですが、『ひみつ』が(現時点の段階で)川名氏が事件において、当事者と共に歩んできた(良識と苦悩に基づく)道のりへの尊重や配慮ではなく、どっちかといえば『「子供を殺してください」という親たち』とか『ケーキの切れない非行少年たち』みたいな エクスプロイテーション的なものになってるなと・・・現時点では・・・。すみません・・・やっぱり加害者が描かれたという所に・・・しかもお互いが子供だというセンシティブさにメチャクチャ反応してしまったので・・・。ですが、最初に書いた通り、導入部のパニックの描写や大人達の混乱はすごく臨場感があり、単なる残酷さを安売りする「実録事件もの」とは違う迫力はあるなと・・・思いました・・・。
※まぁ、自分もああいう露骨な表現が好きじゃなかったりするのですが・・・。