カドコミで『りゅうとあまがみ』の6話の前半を読みました。
やはり・・・避けては通れんことを誤魔化さずに描かれたなと感じています。だからこその時代ものです・・・。
まぁ・・・同じ女性だからこそ、ウィルは自分に優しくしてくれていた「いと」や「じゅん」達の置かれている現実にショックを受けるわけですが・・・。こりゃ子供が知るにはキツいわ・・・だから、それを美談にするような「ミルク・マネー」みたいな映画は嫌なんだよなぁ・・・。
実際に、弱者やマイノリティの置かれた現実に対し、ウィルのようにきちんと「まとも」な反応ができる人間もいれば、そうでない人間もこの社会では存在すると思います。
この文章でも書いたように、 世の中には他人の苦境を安全圏から美化し、それどころか憧れるような人間が沢山いるし、自分の「善意」ファーストで相手を傷つける事すら無頓着なアクティビストだって存在するわけです。前者に限っていえば、衣食住に恵まれず、過酷な生活を送っているホームレスをそういう生活を送るわけでもない、送るつもりなど想定していない成功者が、死と隣り合わせの相手に「多様性」とか「豊かさ」とかを見出すような某文学賞は正にそれでしょう。ですが、人間(それも女性!!)が金で買われる現実を知ったウィルは、「上流社会で常に規律や正しさで縛られている私より、『いと』や『きく』みたいな娼妓達の方が幸せに生きてるじゃない?」と流作にいい放つような事はありませんでした。
だからこそ、ウィルが娼妓達と自分の生い立ちを合わせて涙する事は、常識的で当たり前なのですが、ネットにおいて弱者を天然で差別したり、好き勝手に美化するような言辞が成功を収める今日、ウィルの真っ当な態度がレアに感じるという事自体、現代の(正に)日本社会が抱えている病巣の表れなのかもしれません。いや・・・そういう事が悪目立ちしているのかもしれんし、自分がネガティブなものを見過ぎている嫌いもあるかもしれないし・・・。