小学生の時に、『ヤンときいろいブルンル』という絵本を買ってもらった事があります。何か、『いやいやバスの3ばんくん』とか『しょうぼうじどうしゃ じぷた』みたいな乗り物絵本かと思っていましたが・・・結構刺さってしまう話でした・・・。
なんか、とある家族にヤンという猫が飼われていました。で、ヤンはその家族が所有している黄色い小型車のブルンル(ズバリ、ワーゲンビートルです)と仲良しでした。ですが、旧型車のブルンルは故障が頻発し始め、堪忍袋の緒が切れた家族はブルンルを手放して、ついに新車を買います。ヤンはブルンルを探すために家から飛び出して、街を彷徨い、ついにブルンルと再会しますが・・・。
(ちょっとネタバレ恐縮ですが)ここに、作者であるやすい すえこ氏のシビアな問いかけがあるように思われました。ブルンルと再会したヤンは、ブルンルとの絆を優先し、結果として飼い猫という守られた生活を蹴ってブルンルに住み着く野良猫になります。これでブルンルが運よく誰かに拾われてレストアされ、ヤンもそのオーナーに飼われるというラストであれば、スカスカの美談になってしまいますが、安易な救いを用意しないラストだからこそ、痛みを理解させる深さと美しさが、『ヤンときいろいブルンル』にあるのだと思います。
ここで、ちょっと話が飛躍するようですが、私は「楽園追放」というアニメを思い出しました。あれだって、アンジェラはフロンティアセッターを助けた代わりに、ディーヴァを敵に回してしまい、(マテリアルボディに意識が閉じ込められたが故に)いつかは死ぬ生活を過酷な地上の世界で(ディンゴと一緒に)送らなければならなくなります。ですが、仁義の為に修羅の道を選ぶという面では、何か『ヤンときいろいブルンル』と共通点があるかな・・・とも・・・。
まぁ・・・「楽園追放」の方が何かラストは前向きだったし、どっちかというと楽しみを優先した作品でしたけど・・・。