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2024年3月6日水曜日

敷居が低いという話

 まあ・・・何かを表現することについては、結構敷居が低かったりする場合ってあるじゃないですか?例えば、絵を描いたり、小説を書いてみたり、プラモデルやフリゲを制作したりとか・・・でも、何かXのポストを見ててイラっとしまして・・・ちょっと・・・。

確かに敷居が高ければ高いほど、※その集団の治安や純度が保たれるのはある程度は事実であると思います。ですが、そういう場所から自分が享受している権利や自由を自分より劣った人らに使われたくない、自分のフィールドを愚昧な人から守りたいみたいなお気持ち表明を見ると、正直なんだかなぁ・・・というか・・・。

三田村 信行氏の児童書「おとうさんがいっぱい」でも書かれていましたが、選ぶ側が選ばれる側になる(かもしれない)可能性を考えないと、ちょっと不公平なんじゃない?とうっすら思ってしまうわけですよ・・・。人権や社会などはともかく、創作やSNSみたいな所にまで蔓延っているプチ選民思想(或いはプチアパルトヘイト)みたいなものを見ると、絵を描いてる人間として「ちょっと・・・な・・・」と感じるのです・・・。


※実際、一定の学歴が無ければなれないような職業は存在しますし、そうした椅子取りゲーム的なものは正直必要悪であると思います。じゃなきゃ社会が機能しませんし。ですが、そんなフィールドでも重大なエラー(不正やミス等)が起こるっちゃあ起こるんですけど、何故かSNSではそういうのは無視していかに(怠惰と認定した上で)アンダークラスから人権を削り取るかを熱心に主張している層が・・・とも・・・。