最近、「親ガチャ」という言葉をよく聞くようになりましたね。
で、あるブログにおいてなんか自分は「親ガチャ」に恵まれているということを、すごい自慢のように書いている人がいまして・・・。
基本的に子供は親や環境を自分で選べないと思っています。※胎内記憶ないんだし。もし運が悪ければ私だって虐待で殺されとったかもしれないし、公園の水道水で顔を洗う生活を送っていたかもしれません。
そういうのを考えたら、自分の境遇がよければ黙って感謝を・・・ということをぼんやり考えてしまいました。
※そういえば、胎内記憶が虐待の正当化に使われているという記事を、何本かネットで見たことがあります。そりゃ、「虐待される子供は、虐待する親を選んで生まれてきた」という所から美談にしちゃあね・・・と思いました。