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2024年5月31日金曜日

ゴキブリと死体

 名前はド忘れしましたが、いつか見たテレビ番組で、小学生の男の子がとあるローカル線の(本当の駅長さんの指示のもと)一日駅長をする様子を取り上げていました。そして、トイレ掃除をすることになるんですが、そこは(失礼ながら)ローカル線の性質上、衛生状況が悪い故、ゴキブリが這っていまして・・・。で、男の子はゴキブリを怖がり、駅長さんに退治をやってくれというのですが、駅長さんは「君がやりなさい」と毅然とした態度で促すのです。そうですよね、いままで駅長の仕事をやってたんだから、都合よくやりたくないことを任せたら・・・と駅長さんは思ったのでしょう。

で、この公開日記で何度か取り上げている『NO EASY DAY』にも同じようなことが書かれていました。主人公は特殊部隊の隊員で、CIAの分析官にいわれます。ビンラディンの遺体なんか見たくないと。で、主人公の隊員はこういうんですね。絶対に死体を見た方がいいと。確かに主人公はよくわかっていました。相手のポストは自分みたいな汚れ仕事ではない、ホワイトカラー的なものなので、死体をへりに運び込む必要がないことが。 でも、主人公の仲間は作戦が終わった後、分析官にビンラディンの死体を見せました。彼女は当然ショックで泣き始めます。

で、主人公は遺体を見た分析官を励まして褒めるんですよ。100パーセントだったなと。

(亡くなった人を批判的に書くのはかなり恐縮ですが)神宮 輝夫氏の『現代日本の児童文学』という評論集では、それなりに頷ける部分はあったものの、当時の社会に横たわる格差や職業差別を是認し、社会批判そのものを日和って冷笑するようなタッチ(一応、児童文学業界に携わるお仕事をされていながら!)に、ちょっと感じるものはありました。

で、以前も引用した文章なんですが、「職業、財産、生まれによる貴賤はなく、人間は協力し合うのが正しい姿であるといった考えは、だれしもその通りだと思うのだが、そうした美徳や正しい考えの大部分は、じっさいに効力を持っていない」という所に、今まではりきって駅の仕事をしていたのに、不快さは避けて通れないゴキブリ退治を大人に任そうとした男の子や、ビンラディンの遺体は見たくないと、特殊部隊の隊員にいい放ったCIA分析官の姿を思い出すんですよ、私は・・・。

2024年5月30日木曜日

対ギャラリーストーカー

 最近、この漫画を読んだんですが、マジでドキッとするような思いでした。まあ・・・ギャラリーストーカーの被害者って、大体女性といわれとるし、出展経験がある身としては・・・男性作家としてあること・・・を考えさせられてしまうというか・・・。

で、ラストはよくあるダメ男を暴行したり殺したりするようなものではなく、もっとひねりのきいた結末が待ち構えています・・・。故にああした人達への痛烈な皮肉がホントに染みてました・・・。

好きで男に生まれたわけじゃないが・・・ギャラリーストーカーの被害に殆ど遭ったことがないことを考えれば・・・それは何かの特権かもしれんし・・・。

ていうか、昨日の更新を忘れていたことに気がつきました・・・投稿したつもりだったのに・・・(泣)

2024年5月28日火曜日

土葬と火葬

 最近、土葬と火葬について考えることがありました。で・・・あの問題ですが・・・。

Xはホントに差別主義者の温床だなと思い知らされるというか・・・9・11後にイスラム系移民へのヘイトクライムが増加したことはちょくちょく見聞きしていますが、ホント冷静でマトモな意見が見当たりませんでした・・・Youtubeのコメントも酷かったし・・・。なんか2、3次情報で相手を憂さ晴らしで口汚く罵倒しているというか・・・。私も移民が全て聖人君子という認識で、薄っぺらな「共生」とか「多様性」というきれいごとを叫ぶ姿勢は好きではありません。ですが、問題に便乗した差別的暴言は絶対に許されるものではないと思っています。

私だってこの公開日記で色々好き勝手書いているから同罪みたいな感じですが、ネットがただ、社会に憂さ晴らしで害毒をまき散らすだけの、どうしようもない層にまで情報発信の自由を与えてしまったおかげで、議論の純度がより混乱してしまうことが多くなったと思います。そして、真実さえも・・・。

アサシンの話

 アサシンというと、どうしても新藤 冬樹氏の小説『闇の貴族』に登場する暗殺者達と、その養成機関が真っ先に思い浮かびます。あの辺における修羅道の描写がマジで強烈過ぎた・・・からかもしれません。こういう所から、「遠い場所から相手を狙撃するのは素人の想像で、本物は静かに近づいて止めを刺す」みたいな事を書かれたら、たとえ嘘(というフィクション)であっても首を縦に振らざるを得ない。『闇の貴族』には、そんなリアリティがありました。

で、これもやってないゲームの話で恐縮ながら、まあ・・・なんかすごく炎上しているみたいで・・・あのゲームが・・・。まあ・・・長きにわたるシリーズ物でやったのは、せいぜい「アーマード・コア」シリーズくらいだし・・・。

でもちょっと待てよ・・・とか思うのです。こういう風に日本人が間違った歴史認識で不当に扱われた・・・という話に外国人オタクが憤り、そして日本のオタク層がそれに同調する・・・という構図をXで見てるんですが、今まで(他国を含めた)ポリコレとか反差別とかに関しては、どういうポストを見てきたか・・・それを考えると正直、ちょっとズーズーしくないか?という考えも・・・。

すみませんね・・・買ってもいない、ファンでもないようなゲームの話に首を突っ込んじゃって・・・。

2024年5月27日月曜日

今日は何も書けません

 今日は色々あったので、疲弊のために何も書けません。

まあ・・・書きたいことは山々あるんですが・・・(笑)

2024年5月26日日曜日

バズって反撃する話

 皮相な反貧困や反自民、そして反差別をポスト&リポストして社会性の高さを見せびらかしているようなアカウントがありました。そのリポストの中で、「自分だけが障害児の世話を任された」と書いてるものがありまして・・・ていうか、そういう話ってホントバズりやすいと思います。なんか自分は勉強できるのに、教師から過小評価されてバカばかりが優先されていた・・・みたいな話が・・・。

でもね・・・なんかこれもネットで見た発言の受け売りになりますが、「現在バズって反撃できて満足ですか?」の一言に収束させることができる・・・と個人的には思います。そりゃそれで障害児の世話を任されて、それが迷惑かつ負担になっていたというのは事実でしょう。ですが、基本的に相手が反撃できない場所で、素性もわからないような相手(同士で)に慰撫してもらうのって・・・なんだかなぁーと感じるわけです。(もう正直に書きますが)王様気取りとでもいうか・・・。しかも、そのアカウントが上に書いたように、都合よく弱者という虎の威を借りながら、こういう時だけ態度を変えるのも、かなり感じるものは・・・ありました・・・。

 これも(やってもないのですみません)某ステルスアクションゲームの受け売りに再度なりますが、「俺達に聞こえない場所で 俺達がどれだけ害悪か喋り続ける」というやり方がホントにXの中には浸透していて、一時は悲劇のヒロインとして祭り上げられるでしょう。ですが、リアルに照らし合わせてみると、「自分の生き方は”誰でも”自分に帰ってくる」そういうものだと思うんです・・・。私もここで色々好き勝手に囀っているからですが・・・。

で、話は変わりますが、こういう所で『しりとり電車のハヤイチくん』という児童書の感想が・・・余裕があれば書きたいかなー・・・とか考えています。そう、余裕が・・・あれば・・・ですが・・・。

 

2024年5月25日土曜日

◎優美ちゃんを描きました


 絶叫学級転生の22巻に、秋元優美(黄泉になるまえの生前の名前です)ちゃんが小学1年生の時のイラストがあったので、それにちょっと色を付けて模写してみました。図々しかったかな、こういうのは・・・。特にペドファイルを撃退する為だったとはいえ・・・あれは(推定ですが)6歳の子供が背負うには過酷だったと思います。雅さんとどういう気持ちで過ごしたんだろうか・・・。

そうそう、まことちゃんや優美ちゃん達を襲ったペドファイルの話ですが、この話が一番親和性が高いように思われます。以前と同じリンク先ですが・・・。こういうことを全部差別や偏見に矮小化して、被害者意識に閉じこもる傾向はありますが、そこら辺のデリケートな部分で悪乗りやTPOを逸脱した言動すら辞さない(Xでの)ポストが散見される中、批判と差別は違うと冷徹に突き放す必要はありそうです。

で、作者のいしかわえみ先生が、ここで『6月6日の幽霊』と『ハッピーバースデー:命輝く瞬間』を挙げておられていたので、 特にハルヒちゃんや秋元楽さんが絡んだエピソードで、そういう部分がすごく出てるように思われました。苦境に立ち向かう・・・という意味で・・・です。怪奇現象・・・という部分では、『6月6日の幽霊』かな・・・と・・・。

2024年5月24日金曜日

デッサンをやっています

 今、デッサンの練習をしているのですが、まじでヒジャブの部分が難しいな・・・と感じています。

詳しいことは後日書こうかと思います。今日はプライベートなことを優先させたかったので、話はここら辺で・・・。

2024年5月23日木曜日

もう今日が始まったばかりですが・・・

 今日の夜は遠出するんで、ちょっと早めに更新しておきます。

なんかやることもちょっとあるしなぁ・・・。

まあ、 『デンキ街の本屋さん』で、つもりんさんが流した涙はインパクトが強かったです。喜怒哀楽のうち、「怒哀」もちゃんと入っている作品に、外れはないと個人的に感じてます・・・。

2024年5月22日水曜日

どっちが高尚なんね

 X(ダークモードという改悪が加わりましたね)において最近、「児童書のほうがいかに大人向けの小説と比べると手抜きができないか」を語るポストを見ました。確かに文字数もページ数も少ないし、見かけによっちゃあ・・・という感じなんですが、一消費者でしかない自分がいうのも何ですが、手抜きは正直、どこのジャンルでもあると思います。映画だろうが芸術だろうが・・・私だって趣味ではやりますし(汗)

 ですが・・・こういう所から、「俺たちの方が苦労が多い!」みたいなお気持ちは、正直慢心と不毛なマウンティングにしかならないと思います。結果の為に黙って鍛錬することではなく、自分は通常部隊より難度の高いミッション(VIPの人質救出とか、国際手配されているテロリスト殺害とか)を任せてもらえるから、苦労が多いんだと酔うような隊員は、いずれスキをついて殺されるか、人質に囚われるか・・・どっちかだと思います。あのポストだって、見方によっては児童書や絵本の方が良書が多いという優越感に浸ってるようなもんだし・・・。

いやぁ、私もここで好き勝手にお気持ちとか感想書いてるから、いずれは・・・といった感じかもしれん(汗)最も、新書の新刊レーベルには感じることは沢山ありますが(笑)

 

2024年5月21日火曜日

モノレールとアナ雪

 最近、こんなポストを見ました。いやー興味深いですね・・・こういうのは・・・。

で、昔もジャイロスコープで自立するモノレール(これです)がありましたが、実用には至らなかったという・・・私は『知られざる鉄道』を小学生の時に買ってもらったせいか、ゲテモノ系の鉄道が結構好きで、昔廃れた技術が、意外な形で現代に復活することもあるんだなーと、うっすら感じました。

そして、タイトル通り「アナ雪」の話に移りたいんですが・・・なんか外で、アナ雪の替え歌を(他人から)のネット経由で見たんですよね・・・。当事者にとっては不快でしかない冗談は山ほどあり、あれもその一つでした。もしあの替え歌を考え、面白がってるリスナーが生活保護を受けたり、望んでもないのに職を失ったりしたら、すぐに自分のことは棚に上げ、自己責任論批判を始めると思うんですよ。個人的に・・・。

2024年5月20日月曜日

◎ヴィン・ディーゼル氏を描きました。

 

ヴィン・ディーゼル氏を描きました。映画「ワイルド・スピード」シリーズからです。最も、「2」しか観ていませんが・・・(泣)ポール・ウォーカー氏のことは、今でも非常に残念だったな・・・と感じています。

で、拙作の話になりますが、やっぱり美術解剖のことを・・・ということを痛感しました。だって、陰影のみならず、やっぱり筋肉や骨の部位や名前を覚えとかんと、スムーズにできないし、正確にデッサンができないというか・・・。特に、胸鎖乳突筋とか腕の尺骨とか・・・あってるかどうかはわからないよ?まだまだ(この年で!)勉強段階ですから・・・。それに、ディーゼル氏が面長になってしまったな・・・と後悔しています・・・。

それと、「ワイルド・スピード」以外で面白いのが、「TAXI」シリーズだったりします。なんかコメディタッチで描かれてるし、キャラクターとか敵とかが荒唐無稽なので、思わず魅入ってしまう何かがありました。あ~すいません!敵に塩を送るような発言をこんな所でしてしまって・・・(汗)TAXIシリーズも、観ていない作品があるので、ご安心を・・・。

2024年5月19日日曜日

どっちのカレーを食えという・・・。

 今回はかなり汚い話になりますので、ちょっとワンクッション置いときます。

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2024年5月18日土曜日

デッサンをやってました

 この夜の話ですが、デッサンの練習をやってました。まだまだ温いレベルながら・・・。

で、伯方の塩ってあるじゃないですか。 あれって、てっきりCMを聞いたときに「博多で取れる塩なんか~」と思ってましたが・・・違うじゃん、思いっきり・・・。甚だしい勘違いを・・・。福岡じゃなくて愛媛だよ・・・。

また、話は変わりますが、最近ウクライナの侵攻をテーマにした本を読んでいました。で、広島(とそこへの原爆投下)が引き合いに出されていたので、『犠牲者意識ナショナリズム』みたいなことにはなっているな・・・とうっすら感じました。何故かといえば、現在のロシア軍の虐殺行為に広島の原爆投下を重ねることはあっても、広島が「軍都」という戦争加害者の側面という所から、現在の状況を検討するということはこれからも殆どないだろう・・・と思われるからです。個人的に、一方では戦艦大和みたいな所で加害の歴史を美化し、一方では原爆投下の被害を伝承していく・・・というグロテスクなダブルスタンダードが、 今の広島には渦巻いているな・・・と感じています・・・。

2024年5月17日金曜日

コラボ

現在、色んな商品とアニメや漫画のコラボって見られると思いますが、その中で最も面白かったのが、「スター・ウォーズ」シリーズと「カーズ」のコラボです。まあ・・・ルーク・スカイウォーカーがライトニング・マックィーンで、サリーがレイア・オーガナみたいな感じなんですが・・・元々は人間だったキャラを、車が演じるとそうなるのか!というおかしみがありました・・・ね・・・。最も、「カーズ」のシリーズでは実在の人物が車として表現されていることがあり、アナウンサーとかレーサーとかがそうなんですが、そっちの方もニヤリとさせられます・・・。

そういえば最近、久々に・・・スケッチブックに絵をかきました。鉛筆なんですが・・・。これだけ間隔を開けても、スムーズにやれたので慣れたかな・・・とはいえお粗末な出来にならないよう、もう少し手を加えてから・・・という感じにしたいです。 まあ・・・仕事とか、プリンターの不調を言い訳にしていたんですけど(汗)

また、Xが・・・ダークモードって何の為にあるんでしょうか?なんでいちいち(履歴消すんですよ)ログイン時に設定を変えないとライトモードにできない、しかも近いうちに選べずに強制って・・・。もう、テクノなんちゃらに乗っ取られ、庶民感覚の欠落した近視眼的なアップデートに翻弄されるSNSやネットに、未来はないのかもしれません・・・。正直、既定のブラウザじゃなきゃずっとログイン勧告を勧められる、頼んでもないのにトレンドを表示してくる、押しつけがましい新機能など、ウンザリしています。

あと、Edgeを事あるごとに復活させるのも止めてください・・・。


2024年5月16日木曜日

モノレール

 いつかネットで、(主に三セク方式で建設された)新交通システムとかモノレールとかについて、要約すればかなりの怒気を込めて書かれた批判記事を読んだことがあります。まあ、確かに東京モノレールや(現在は廃止されていますが)モンキーパークの後に作られた跨座式、つまり一本のレールに跨るタイプのモノレールは台車の出っ張りを解消する為に、車高が非常に高くなっています。その代償として、重心が高いので記事の指摘通り、あんましスピードが出せないのです・・・。

ですが、東京モノレールに乗った人ならわかると思いますが、快速運転がちゃんと機能するレベル、つまり時速80キロが出せる代償として・・・ラッシュの時に乗ると、連結部分の移動がいかにハードなものになるか、思い知ると想像します・・・。そうです、あの出っ張りですよ・・・。まあ、一長一短だし、投資に対してリターンを回収できない、もしくは想像すらできていない見通しの甘さには、もっともだと感じたり・・・。でも、そういう正義感からか、ちょっと感情的かな?とも思ったのでした・・・。 

そういえば、今めっちゃ風が吹いています。ちょっと怖いな・・・。

なんでも太陽フレアの不安に結びつけとるせいかもしれん・・・。

 

2024年5月15日水曜日

カチンときました

 ここでも書きましたが、また同じ話をしようかと思います。

ハローワークの話にまたなりますが、それ系の人が職員に無礼な口調で色々と要求していました 。悪質クレーマーを想像してもらえればわかりますでしょうか。大声こそ出してはいませんでしたが、「仕事についてそんな理解なら、どこにいってもダメじゃない?」と正直思いました。まあ、いってることがオレは責任のある仕事をしたくない、だからこそ最低限の金だけ貰えればいい、それを紹介するのがお前の仕事じゃろうが、早よせい。みたいな口調だったので、この(雨からいきなり変わったような)暑さで疲弊している身としては、マジで怒気を煽られたというか・・・。それと、ハローワークって個人的に微妙な位置にあるので、場合によってはちょっと歩かないといけないので・・・。

楽して金が欲しい、現状維持できればそれでいい・・・私だってそういうエゴイズムは持っています。ですが、現実社会である程度所得を増やしたければ、一人の労働者として信用と常識のある行動をとらなければいけないのは当然のことで、それすら守る気もない人のせいでハローワークの利用者とか職員さんとかが・・・と、うっすら感じました。

まあ・・・こんなのが全部じゃないし、自分だって沢山バイトでも(絵を描く)本業でも失敗してるしなぁ・・・寝坊して遅刻したり、もたついてみんなに迷惑かけたり・・・。ああ、それと、搬入日を間違えて東京に行ってしまったり、間違えたデータをギャラリー様に送ってしまったり・・・。信用なんてやればやるほど墜ちていくのは自分も同じかもしれん(泣) 

そういえば、太陽フレアの話ですが、オーロラ以前に恐怖心を感じています。

まあ・・・「クロムハウンズ」みたいなことにはならんでほしいな・・・と思ったり、震災や戦争はともかく、自分の死因が地球の最期を見たから・・・みたいなことにはなってほしくないんですよ・・・。だって・・・「ディープ・インパクト」とか『死神くん』みたいに、自分の死期があらかじめ伝えられた状態でどうするかって、マジで絶望じゃないですか・・・。

で、「クロムハウンズ」に話を戻すと・・・あれだって、太陽フレアの異常活動で電子機器や電磁波が使えず、よって飛行機やミサイル(みたいな長距離の誘導兵器)が鉄屑同然になっている世界でした。フィクションの世界観を裏付けする為にアルマゲドン的な設定が使われることはありますが、フィクションだからこそ「ふーん」で済むわけです。だからこそ、現実で起きたらタダでは済まないわけで・・・。

2024年5月14日火曜日

仲介人あれこれ

 ACFAをプレイした人間ですが、一番印象に残るのはリンクスたちを始め、ミッションの仲介人の存在だと思います。なぜなら、ブリーフィングの演出がシリーズで一番(いちいち)かっこいいと思うんですよ・・・ACFAは・・・ネクストやオブジェクトが拡大されたときに何か迫ってくるような音だったり、バックで流れてるシステムか何かの稼働音だったり、ネクストの画像が半透明だったり・・・。

で、一番に印象に残っている仲介人が、オーメルグループ担当のアディ・ネイサンです。企業連担当のマーリー・エバンも結構な人ですが、アディの言動の方が、やっぱり上ですよ・・・。まあ、オーメル関係のミッションブリーフィングを見ればわかりますが、終始プレイヤーであるリンクスを見下すような態度で、しかも自グループを称賛し、敵対する企業や兵器を小馬鹿にしたような言動はガチ故にインパクトがそれだけ強かったです。

アディ・ネイサンが魅力的なのは、単にそんなスノッブというだけでなく、本当に危機的状況の時には真剣な口調になることです。そういう使い分けができるからこそ、仲介人として好きなんですよね・・・。提供される情報にも殆ど嘘がありませんし・・・。

逆に、インテリオル担当のマリー・セシール・キャンデロロや、GA担当のジョージ・オニールみたいにリンクスを気遣ってくれる人も、結構好きだったりします。ジョージは「最低限の仕事もできないか!」と、オペレーターにかなりきつい言葉で詰られてましたけど・・・。まあ、マリーは優しいですけど、キレる時はガチで、しかもいつも通りの静かな口調でプレイヤーに死刑宣告を出してくるので、そこら辺が恐ろしかったです・・・。まあ、一億人だからね・・・。

今日はこんなところか・・・。

 

2024年5月13日月曜日

バラモン左翼

 某読み切り漫画が殆ど(手放しで)絶賛されている中で、ちょくちょく批判的意見があったりするのでほっとします。やっぱり、『ヤコとポコ』の大家さんが少数派について語っていたけど、まさにアレだな・・・と・・・。

なんか個人的に、無料公開かつ自分のことを慰撫してくれる内容の作品ほど、無批判にバズるような風潮があって、しかも、今回の話は(ピケティ氏がいう所の)バラモン左翼受けするような感じだったことがそうだったんじゃないかと・・・確かに、あの漫画に批判的な指摘をしていたポストの通り、Twitterで正義を語っている人は努力成果主義であり、田舎で幸せに暮らしている人もいると思うんですよね・・・。

あんまし好きなブログじゃないですが、その中で「やっぱりそうだよね・・・」と思うものはありました。これはネットで無料公開されている漫画にもいえることで、極端に礼賛されるか叩かれるかの二極化で、「泣ける」とか「刺さる」とかみたいな所で思考停止している無批判な状況には、ちょっと私も・・・と感じることはあります。まあ・・・私がひねくれてるのかもしれませんが、香山 リカ氏の新書『いまどきの「常識」』では自分物語を延々と話し始める学生のことが書かれていますが、今起きている状況でも、「教育」を巡る他者への想像とか痛覚とかじゃなく、自分の被害の記憶をアピールし、その慰撫を(対症療法的に)期待しているようなポストがかなりあります。ですが、だからこそ情動的な同調ありきが良作ではない、時にはみんなが求める要求を裏切るような構成で、(キャラクター達が)精神的自立を果たしている作品こそ良作ではないか・・・とうっすら思うのです・・・。

 


2024年5月12日日曜日

地獄絵図・・・

―ここの人間にとって唯一大事なものは、”しかるべき人たち”に”溶けこむ”ことだけらしい。だれひとりとして、なにもしない―祖父や祖母の自慢話と、受け継いだ遺産の浪費で一生を終えるようなやからばかりだ。 

                   ジョン・ソール『闇のなかの少女』より

 

よくXでバズりやすい話の一つとして、アレ関係があると思います。

まあ・・・自分は正直に書くと、色々なことが重なってからバーンアウト気味で、手を抜いた結果として、田舎の私立美大に入学、1年から2年初めにかけて、単位取得のためのシゴキみたいな講義漬けの反動として、消極的な学生生活を送っとりました。もう岡山の田舎で生きるだけで精一杯だったのです・・・。こういう人間がアレ関係に物申す!というのはどうかともいますが、やっぱり文化資本で恵まれた側の自慢話と、そうじゃなかった側の不幸自慢が生み出す傷の舐めあい・・・みたいなものが本当にX民は好きだな・・・と・・・。まあ、学歴社会における敗者として敢えて書きますが、私は(特に左派がやりがちな)ラディカルな学歴否定にも、ネオリベマインドを持ち込んだ学歴至上主義にも、 どっちにも与したくないという思いが・・・あります・・・。

ていうか、アレ関係がタチが悪いのは、みんな福祉や教育のことを考えるフリをしながら、持てる者と持たざる者がお互いに「凡人が知らない世界を知っている俺は偉い」としかいっていないことで、Xで今起きているのは、それが高尚な社会論として機能しているかのように見えるという地獄絵図だと思います。

そういうことが、まっとうな責任感と倫理観を持って、地道に活動している人達と比べればすぐにちやほやしてもらう確率は大きいですが、前者の方がきちんと問題に対して貢献してると思いますし、SNSの安直でいい加減な礼賛より、はるかに実証のある評価を貰えることだってあるわけです。だからといって後者をほっとけばいいというものではなく、議論の純度や信用性を保つためにも、そろそろ批判的かつ冷めた目を向けていかなければ・・・と個人的には思うのです・・・。


2024年5月11日土曜日

知らない権利

 倉本 聰氏の小説『ニングル』では「知らん権利」という言葉が登場します。それと同様に、『アルジャーノンに花束を』でチャーリーが対峙した現実そのものだな・・・と思うわけです。読んでみればわかりますが、今まで幸せだと思っていた世界に、自分への悪意が隠されていたことに気が付きます。

 こういう優しさのフリをして弱者をいいように扱う風潮はあると思いますが、たとえ傷つかないにせよ、搾取されるままでは・・・と思うわけで・・・。

まあ・・・自分も自費出版系の会社から電話が来たり、勧誘系のギャラリーに(ちょっと出していたことはあります。正直)作品を出していたことがあり、自分で調べたり先輩から教えてもらうことでキャリアを・・・ということはありました。

だからといって、一部の極端なケースを出して、鬼の首でも取ったかのように知識や学びを礼賛する風潮には・・・乗れないなぁという感じでしょうか・・・。それはそれで受験競争の敗者として見習わなければならない部分もありますが、X受けする教育観って、なんか傲慢で一方的なものを感じるというか・・・。

2024年5月10日金曜日

◎それぞれの行き先

 


漫画『ヤコとポコ』のファンイラストを制作しました。もっと・・・なんか鉄道っぽさを入れたかったな・・・と思います。何せポコ君が銀河レールというおもちゃを欲しがっていたので、そういう系のもの(つまり電車とか鉄道とか)が好きなのかな・・・と・・・感じて・・・。次からは、そこら辺を明確にもっと描いてみたいです。

なお、オリーブ翠先生とヤコ先生は描きやすいです。やっぱり、同誌で連載しているライバル同士・・・だからでしょうか。まあ・・・ロダン君やポコ君にもチャレンジしてみたいなと思い、今、瞳の書き方を改めて練習しています。

ここからは感想になりますが、大好きな漫画家の一人である水沢 悦子先生やうさくん先生の作品には、いい話を創るためなら「良薬口に苦し」的な表現すら辞さないところがあって、それが好きなんだと感じています。これは『小説の神様』という小説の続編でも指摘されていたことですが、メディア社会の中でストレスなく「優しさ」や「癒し」を享受し続けた結果、現実に対する耐性がなくなり、(自分のことは棚に上げて)他人の苦境やネガティブな部分を全てヘイトで排泄するような表現をちらちらと見ます。

そういう2ch発祥の悪意みたいなものが『ヤコとポコ』や『マコちゃん絵日記』等に一切ない所が、逆にストレスを感じないのです。寧ろ、人間関係のめんどくさい部分や不都合な部分に対し、すぐに「クズ」とか「カス」みたいなさもしい言葉を使って目を背ける心の弱さがない分、読んで貰えるものはすごく大きいなと、いつも思ってます・・・。こんな偉そうな発言はやめとこう・・・とは感じましたが、やっぱり(しがない)ファンの一人として、ずっと書きたかったことなので・・・。


2024年5月9日木曜日

相手を傷つけるということ

 最近、とあるネットの記事で、児童書貸し出し数ランキング(とある自治体の図書館で開催)みたいなのをやってました。

まあ・・・遠慮なしに物申すことも必要ですけど・・・ですが、「ベストVSワースト」みたいな言い方ってどうなんでしょう。借りだされる回数が少ない=駄本というわけじゃないでしょう・・・。そういう価値観を(子供相手に!)煽るような企画って、作者も読者も両方が必要以上に嫌な気持になるだけ・・・だと思うんですが・・・。自分が借りた本をめぐって、変な対立になっても・・・と・・・。

図書館ではないですが、『ヤコとポコ』の4巻でも打ち切りになった漫画家さんの話が出てきますが、「どういう覚悟で・・・」のセリフを読むにあたり、読まれてない本に対して、量的な価値観を短絡的に出してワースト呼ばわりするのは、余りにも作品作りへの敬意が・・・とも・・・。

個人的な意見ですが、逆に貸し出し数が多い本でも、駄本だったりするケースをちょくちょく見ています。タイトルは公には書けませんが・・・。

2024年5月8日水曜日

いかに害悪か

 以前、この文章でも書いたのですが、ファミレスの井戸端会議がSNSに移るようになってから、単なる悪口の破壊度が・・・と思っています。ああ・・・ゲーム機をやるために家に来るとか、おもちゃ壊すとか・・・。

自分もこうした(放任下で、エアガンや爆竹みたいなものを持っていた)子の犠牲になったことがあるし、善意につけこまれてお金を取られたことがあったり、おもちゃを壊されたことがあるから敢えて書くのですが、そういうポストはバズりやすいし、インプレゾンビというおまけつき・・・みたいなものがあって、中々だな・・・と感じるわけです。当然、悪い意味ですが・・・。

自分はそうじゃないですが、やっぱりネットでこうした発言にもほかの発言と平等に一定の評価や金銭的リワードが降りるようになり、単に一過性のもので片付けられていたような悪意が一線を越えて力を持つようになった恐ろしさがあると思います。懐古じゃないし、過去を美化するつもりは毛頭ないですが、(小学生の時のことを踏まえ)ある所ではお互い様とか多少の迷惑は・・・という美談はもう通用しないのかもしれません。私だってそんな都合のよさは持っているわけですから・・・。

そして、『マコちゃん絵日記』という漫画で江戸村さんがごっちゃんを受け入れていた・・・というような善意ではなく、今あるのは中流育ちで社会常識のある親同士が、特定の家庭に対しSNSで(某ステルスアクションゲームの受け売りですが)「俺達に聞こえない場所で 俺達がどれだけ害悪か喋り続ける」という冷淡な状況こそ、世間のメインストリームなのかな・・・とも・・・。

でも、この記事にあるように、分断を煽り、その上位から(ネットで)反撃能力の低い他者を居丈高に攻撃してバズが稼がれていくような状況は・・・どうなんかね・・・とも・・・。リンク先の記事が示すように、まだ罪のない子供ですら、中流目線で排除の理論のターゲットにされるという現実・・・まあ、私もエラソーにこの公開日記というネットのぬるま湯で、弱者を論じてる時点で、同罪かもしれませんが・・・。

2024年5月7日火曜日

魔法使いの少年の話

 生活保護バッシングのカウンターとしてしばしば挙げられるのが、作家のJ.K.ローリング氏も生活保護受給者だったというエピソードですが・・・そのローリング氏が・・・まああんなことになっているとは・・・。これは実写版に出演された俳優さんもいたたまれんじゃろうな・・・と思います。

私がヤバいと思うのは、いちおうそれが児童書・・・ということなんですよね。右派や左派に限らず、児童書をメインに書いている作家さんが、政治的なお気持ちみたいなものをポストしたり、リポストしたりするのを見てると、(私だって同じ過ちを犯しているかもしれないから、自戒として書くのですが)それで子供がどういう影響を受けるかどうかは興味ないのか・・・?と思ったり・・・。正直、こういう年不相応な環境を大人の正義や立場ありきで子供に露出している児童文学作家さんみたいなものに、『謝るなら、いつでもおいで』というノンフィクションを思い出さずにはいられません。

あれも、子供をちゃんとした意味で子供扱いせず、半端に自由を与えて放任した結果がアレじゃん・・・と正直思いました。 ていうか、R15指定の『バトロワ』の映画版を観ていたり、明確な殺意が籠った文章を書いていれば、どう考えても火種は燻ってたと感じます・・・。

まあ。そこら辺の責任能力をサボる口実に、「子供と大人は対等」だの「自分達の同志」だのといった言い訳が使われるのを見たことが・・・。

2024年5月6日月曜日

今日のお昼ご飯

今日はお昼に大衆食堂で定食・・・みたいなものを食べました。美味しかったです。

これから雨の中を強行軍でコインランドリーへと行きたいと思います。

それにしてもiPad・・・中毒性がある・・・。

2024年5月5日日曜日

見くびるという行為

 某作家さんのポストをよく見ていますが、やっぱり何度も書いたように、誰か(特に弱者)を助けたいとか、同情するような発言をネットでしたり、行動したりする際には、『アルジャーノンに花束を』と『アフリカのシュバイツァー』の2冊は必ず読んでおいた方がいいな・・・と思いました。自制の為に・・・。

まあ・・・こういうの金太郎飴っぽいネタだとは思いますが、やっぱり個人的に目立っちゃうもので・・・(汗)

そういう持てる者が持たざる者を見くびる形で共感するような言動をするケースって散見されますが、もし自分が教育格差や経済格差の下位にいて、「学びは大事」だとか「知性とか学術とか法とか、そういうものこそが人間らしい温かさや優しさに繋がる」みたいなことをしたり顔で言われるとどういう気分になるのか?それを考えず、アンダークラス(貧困とか生活保護受給者)に発せられる一方的な善意など、語弊を恐れずにいえば一種のDVであり、弱者をダシにして優越感に浸っている行為だといえます。

こういう所で、私は『光とともに…』で自閉症児に対して独善的な行動をした上に、主人公の母親に「私 自閉っ子大好きなのよ」と言い放つ(初登場時の)郡司先生を思い出すというか・・・。現実問題、支援者が相手のことを「自閉ちゃん」とか「ダウンちゃん」ということがあるみたいで・・・。



 

2024年5月4日土曜日

0歳から・・・

 なんか0歳から選挙権を認めるべき・・・という話がありましたが、まだまだ政治的判断がまともにできない子供に・・・それをやらせるのか・・・?という疑問があります。

まあ、ニュアンスは違うかもしれませんし、勘違いだったらすみませんですが、大人社会の責任や問題を「連帯」とか「同志」とかいう美辞麗句で、子供の立場が弱いことにつけこみ、自分達の主張を強化しようとする風潮がありますし、子供の政治参加みたいなのって、はっきりいえば左派の人々あたり(そういう手段が小狡いとも思ってもいない)が手を叩いて喜びそうな話ではあります。 でも、そういう所で、子供を騙して自分の戦争に使おうとする『日本子ども遊撃隊』という児童書のラスボスのような卑劣さが・・・と感じています。

まあ、私が今読んでいる『NO EASY DAY』というノンフィクションでも、特殊部隊の隊員が自分が倒したテロリスト(一応、ビンラディンです)を評する下りがあるのですが、「自分では戦いもしないくせに、「死んでくれ」といって人を送り出すのは信義にもとる」と書いています。こうした趣旨の言葉は以前もこの公開日記で書いたことですが、左派であれ右派であれ、まだまだ未熟で弱い子供達を自分の戦いに使おうとする大人は、そういう匂いがするのです。個人的に・・・。

2024年5月3日金曜日

そのつもりがなかったとしても

 ちょっと前に、神戸の私鉄で準急電車が止まるべき駅を通過していた・・・ということがありました。で、今日も同じようなことを経験しました。

ちょっと市内に出て、バスセンターでバスを待っていた時のことです。こっちが待っている一つ後ろの乗り場にバスが間違えて停車し、ドアを開けてお客が乗りはじめました。みんな呆気にとられた後に小さなパニックが発生し、一人のおじさんがバスの降車ドアを開けさせ(運転手さんに何か頼む時ってそうしますよね?)、運転手さんを罵倒していました。結局、半端に間違った位置でお客を乗せた状態で、バスは正しい場所に移動したのですが、なーんか後味悪いなーと思いました。だってそのおじさんが、正しい位置に止まった後も、「お前は客をバカにしとるんか!」みたいなことを運転手さんに怒鳴っていましたから・・・。

『リエゾン』という漫画でも、人のミスは見方によっては自分がバカにされているように感じる・・・というシーンがあったと思いますが、状況次第によってはそうなってしまうと思うのです。無論、カスハラやクレーマーが許されるわけではありませんが・・・。

こういう所から、今日起きたことはウェブの俗悪なコンテンツで、(失敗した運転手さん側に立って)短絡的な溜飲を下げるようなバズり方を狙うような話のネタになりそうな感じがする・・・と思いました。口先だけでは安全圏で悪を追及するのはたやすいことです。でも、もし状況次第によって自分は絶対にやらない保証はあるのか・・・それを考えていきたいかと・・・。自分は絶対悪い存在ではないといい切れる方が、結構差別やいじめを無自覚にやってるケースって、ありますから・・・。

 

2024年5月2日木曜日

『死後出版』の2巻を読みました。

 漫画『死後出版』の2巻を読みました。特に印象に残ったのは、手術の話と最後の話です。

難病ものというと、他人事で相手の不幸を美化して、泣けるような演出をしているような 作品がありますが、『死後出版』にはそんな付け焼刃の優しさが一切ないのがよかったです。寧ろ、現実問題で子供が難病に直面するというのは、人生経験が少ない分年不相応の覚悟や責任感(そして絶望感)を背負わされることであり、その分怨みや怒りも大人を凌駕している・・・ということであり、病人を都合のいい聖人君子として描きがちな話より、遥かに胸を打つものがありました。どうか、病魔に侵された彼女の作品の出版が、栞田さんの言葉通りになれば・・・と思わずにはいられません。

そして、最後の話ですが・・・ああ・・・マジか・・・と思いました。加賀稀人・・・おったのね・・・執行されてなかったのね・・・。

ここで現実の事件をチャンポンにするのはいけないことだとはわかりますが、『淳』という被害者遺族の手記では、犯人に同情の声が集まる状況を、殺された側の遺族がどう見ていたかが(手記故に)かなり痛烈に書かれています。『スクールアタック・シンドローム』でも大量殺人犯がダークヒーロー扱いされる風潮に、強い皮肉が向けられていました。

こういう所から加賀に憧れている女子学生が、1巻で栞田さんが拘置所で加賀に向けた批判のような言葉が、正論であることを理解した上で、加賀が単に高尚ぶって(犯罪者として)弱者しか殺せなかったバカであることに気がつくことができていたら・・・と思います。

ちょっとネタバレになりますが、コピーキャットを防ぐためにも、いくら可哀想な存在で相手が自殺したとしても、(今は出版されるかどうかわからない状態ですが)あの戯曲には冷厳な目を向けてその程度の存在だった、という姿勢で臨まなければならないのかもしれません。

現実問題、生きづらさを凶悪犯罪者に向けて同化するような風潮はありますが、絶対自分は殺されない側で安心したい、安らかに(布団の上で)死にたい・・・という甘えが散見されるようで・・・。

2024年5月1日水曜日

ゴリラの話

昨日の話の続きになりますが、何かちょっと、ゴリラを思いだしたんですね・・・。

ゴリラに詳しい人ならわかりますが、生まれたばかりのゴリラの赤ちゃんには、ベビーシグナルというお尻に白い毛が生えていることがわかると思います。これがあることで、ゴリラの子供は正しい意味での子供扱いを群れでされることになります。群れのゴリラはベビーシグナルがある=まだ子供という事で、ベビーシグナルが消えていくまで子供を大切に守り、多少のやんちゃも多めに見てもらえるわけです。こうやって子ゴリラは失敗も兼ね、大人への道を地道に学んでいくわけですが、あのマナー本のバズりや、マナーの悪い子供への攻撃をみたいなものを見ると、何かベイビーシグナルがあるうちにちょっとの間違いで群れから攻撃されるようなもの・・・かな・・・と思ったりするんですよね・・・。

最も、私も図書館でベビーカーを記載台に放置して本をえらんでいる親がいたり、金切り声を上げている子供におざなりの注意しかしない親に、心の中でため息をついてしまう場面が何度かあります。それでも、お互い様精神で・・・と思うのです。だって自分だって通ってきた道だし・・・。