なんていうのか・・・産経新聞の「新テロ時代」という連載を読んでいて、ローンオフェンダーなんて英語で呼ぶ必要はなく、単純に「単独型殺人犯」と日本語で呼べばいいんじゃない?と思いました。
それと、 とあるネット上の記事でこうした所から(安倍氏の国葬や新興宗教が孕む問題などの)社会問題が露呈されることが、「とっくにテロに屈している」と指摘されていましたが、正にその通りだと思います。模倣犯にしても実際に、岸田首相がターゲットにされた事件がありましたし。
判官贔屓にすぐ流される国民性もありますが、動画の違法アップロードということにもかなり考えさせられるものがありました。私もアニメやドラマのMAD動画をゲラゲラ笑いながら見ていたクチですが、こういう時だけデイリーモーションに番組の内容をアップしたことを、権力と戦っているという認識であれば、そういう人間性自体が社会との戦いだと思います。やった本人は反権力という「偉業」を成し遂げたつもりでしょうが、私個人から見れば、漫画やアニメを違法アップロードしているセコい輩とほぼ同類だと思います。
で、「新テロ時代」の話に戻ります。こういう所から治安が非常によく、テロ空白地帯の日本があのような事件に右往左往し、(社会との折り合いをつけ、犯人を社会に曝け出す道を閉ざした外国とは逆に)責任概念のない報道の自由ばかりが振りかざされて、結果として凶悪犯罪をダシにしたお粗末な政権批判や社会批評がネット上で繰り返されているわけです。
これだけ(いささかな皮肉も込めて)日本が平和な証拠だということかもしれませんが、テロの実行者に寄り添いながら国家権力と戦うような姿勢を見せるような人達は結構卑劣だなぁと感じています。みんな、殺される側に入ることを勘定に入れてない・・・そのぬるま湯の中から、関係ない誰かが仮想敵を殺すことを期待している・・・そんな特権意識みたいなものがチラチラと見えるというか・・・。